片山さつき議員vs週刊文春-名誉毀損裁判

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弁護士大熊 裕司
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1 報道内容(週刊誌「週刊文春」に掲載された記事の詳細)

被控訴人(第一審では「被告」)は、大手出版社として週刊文春を発行しており、当該週刊誌に以下のような内容の記事(以下「本件記事」といいます)を掲載しました。

  1. 当時国務大臣であった国会議員(片山さつき氏)(本件訴訟での「控訴人」)の“口利き”疑惑

    • 控訴人は旧大蔵省(現・財務省)出身で、国会議員として財務官僚とのつながりを持ち得る立場だった。

    • その立場を利用して、ある製造業者(記事中で「X氏」「B氏」などと表現)の税務調査に関し、国税当局へ便宜を図る口利きをした可能性があるというのが記事の大きなポイントです。

  2. 具体的な口利きのシナリオ

    • 製造業を営むB氏は、自社が受けた税務調査の結果、青色申告の承認取消を受ける危機に瀕していた。

    • そこで「国税当局に顔が利く」と説明された控訴人の事務所に相談をし、控訴人の“秘書”を名乗る税理士Aを紹介される。

    • B氏がAに100万円を支払い、「口利き」を依頼した――という事情が本件記事の骨子です。

  3. 秘書Aと控訴人の直接関与

    • 本件記事によれば、B氏がA名義の口座に100万円を振り込んだだけでなく、控訴人自身がそれを当然のように把握し、「旧知の国税局長」に電話を掛けようとした(あるいは掛けた)と指摘している。

    • 記事中では、B氏が参議院議員会館の控訴人事務所を訪れた場面が描かれ、控訴人がB氏の前で電話を取り上げ、「うまくいったら100万円なんて決して高くない」といった趣旨の発言をした、と報じられている。

  4. あっせん利得処罰法違反の疑い

    • 記事の見出しや本文では、「あっせん利得処罰法に違反する疑い」「(控訴人は)国税当局に不当に介入して金銭を受け取ったかもしれない」旨が強調され、当該疑惑を裏付けるかのような“証拠文書”や“関係者証言”があると報じられた。

    • 具体的には、Aが作成したとされる「書類送付状」の中に「着手金100万円を振り込んでいただいたうえで、国税に手配させて頂きます」との文言があり、そこには控訴人の議員事務所名・住所などが印刷されていた、と記事は主張している。

  5. 報道のインパクト

    • 現職の国務大臣が関わっているというセンセーショナルな見出し

    • 「旧大蔵省出身で財務当局に強いパイプを持つ」という控訴人の経歴との関連

    • 「国税局長に直接電話」という具体的描写

このように、本件記事の内容は、控訴人の政治的・社会的信用を大きく傷つけると考えられるものであり、控訴人は記事を読んだ有権者や国民が「あっせん利得処罰法違反かもしれない」「大臣が裏で税務をねじ曲げている」と疑うに至る重大な名誉毀損だとして、被控訴人に損害賠償を請求しました。

2 一審(東京地裁)の判断:真実性・真実相当性

(1) 真実性の判断

  • 記事の核心部分
    一審判決は、控訴人が実際に「旧知の国税局長に電話を掛けた」「面前で『100万円なんて高くない』といった発言をした」といった具体的行動について、録音・録画などの決定的な物証が存在しないと整理しました。

  • 裁判所の評価
    こうした核心部分は、強い意味での「真実の証明」(厳格な立証)ができているとはいえないと判断。

    • 証言のみに依拠している。

    • 議員会館の出入り記録や控訴人のスケジュール表など、客観的資料がない。

    • 結果として「真実である」と断定するほどの証拠力は認められない。

一審の結論: この記事に書かれた事実が、裁判所の前で“そのまま事実として立証された”とまではいえない。

(2) 真実と信じる相当の理由(真実相当性)の判断

  • 被控訴人(週刊文春側)の取材状況
    一審では、被控訴人が以下のような裏付けを得ている点を重視しました。

    1. 税理士Aに振り込まれた100万円に関する書面(送付状)や振込記録。

      • 送付状には控訴人事務所の住所や控訴人の名義が印刷された形式が使われている(ただし実際はAの口座名義であったことが分かる)。

    2. B氏等の証言

      • B氏(製造業者)は、「青色申告の承認取消を回避したくてAに依頼した」「Aに100万円を支払った」「控訴人にもその報告をした」など、一貫した内容を述べていると認定。

    3. 関係者の動機の検討

      • 一審は「B氏(情報提供者)が虚偽を言う動機は乏しい」と評価し、また「控訴人からの反論にも決定的な矛盾を見いだせない」と整理しました。

  • 一審裁判所の結論
    以上のように、「多少の疑義はあっても、取材経緯・複数証言・書面の整合性などを踏まえれば、被控訴人が記事内容を『事実だ』と信じることにはそれなりの根拠(理由)がある」と判断。

    • 名誉毀損の不法行為成立を否定(真実と信じるにつき相当の理由があるため、故意・過失が阻却される)。

    • 控訴人の請求は棄却されました。

一審のポイント: 「記事がすべて真正に立証されたわけではないが、週刊誌側が『真実だ』と信じてもやむを得ないほどの取材状況があった」と評価した点が大きい。

3 二審(東京高裁)の判断:真実性・真実相当性

第二審では、被控訴人の主張する「控訴人が事務所ぐるみで税務当局に働きかけをした」という核心部分が、より厳密に検証されました。結論的には、一審判決を覆し、真実相当性が否定されています。

(1) 真実性の判断

  1. 核心部分への客観的な裏付けなし

    • 税理士Aが100万円を受領したこと自体は振込記録等で裏付けられるものの、「その金を控訴人が実際に受領した(あるいは、国税局長に電話を掛けて青色申告承認取消を回避するよう働きかけた)」という点については、録音やメール、メモなど直接的な証拠が皆無である。

    • Aが「控訴人に渡しました」とまで明確に供述していないこと、面会当日の議員会館の訪問記録や控訴人スケジュール表に該当記載がないことなどにより、「現実に面会があったか」すら強い疑問が残ると指摘した。

  2. 不自然・不合理な行為

    • 国務大臣という高い立場にある控訴人が、犯罪リスクが高い「あっせん利得処罰法違反的な行動」を堂々と行い、B氏の面前で電話を掛けたり、「100万円は高くない」と明言したりするのは不自然ではないか、と裁判所は強調。

    • こうした言動を認定するには、より確度の高い証拠や裏付けが必要だが、それが提出されていない。

二審の真実性評価: 事実の「決定的な裏付け」がなく、しかも行為の内容自体が不合理との判断。「記事の核心部分は真実だと認められない」という結論に至った。

(2) 真実と信じる相当の理由(真実相当性)の判断

  1. 被控訴人の取材が不十分

    • 二審判決は、一審判決で「それなりに十分」と評価された取材状況を「十分ではない」と逆に評価しました。

    • 具体的には、

      • 議員会館の面会記録や、参議院議員が実際に面会を行うときの手続等(面会申込書など)を確認していない。

      • 当日の控訴人のスケジュールを綿密に照会するなどの作業をしていない。

      • Aから「控訴人が受領した」との積極的証言を得ていないにもかかわらず、記事では「あたかも控訴人が受領したかのように書いた」。

  2. 証言者の動機に関する検討

    • B氏らには、実際に税務対策がうまくいかなかったことに対する不満や、控訴人を陥れる動機が一定程度あり得るのではないか、と分析。

    • 一審は「B氏に虚偽を述べる動機は乏しい」とみたが、二審は「完全に否定できない」と評価を覆した。

  3. 「不自然・不合理」を見過ごす過失

    • 二審判決は、週刊誌を発行する大手出版社が国会議員の行動予定や面会管理方法に通じている以上、「当日に本当に面会したのか、電話を掛けたのか」などを確認する方法があったはずで、それを行わなかった結果、真実でない内容を記事化した――と論じました。

二審の結論: “被控訴人(週刊文春側)が、記事の核心部分を『真実』と信じるだけの合理的根拠はない” → 真実性だけでなく真実相当性も否定される → 名誉毀損が成立すると判断。

4 総括

(1) 一審と二審の大きな相違点

  • 一審では、「複数証言+振込記録+一定の取材状況」をもって、記事内容を「真実と信じる相当の理由あり」と評価。

  • 二審では、「裏付けが不十分」「面会記録等の決定的証拠を欠く」「公人としては不自然・不合理」として真実相当性を否定した。

(2) 評価の分かれ目

  1. 取材の積極性・網羅性

    • 一審は「週刊誌の取材として相応に尽くした」と肯定。

    • 二審は「面会記録や当日のスケジュール裏付けなど、さらに確認すべき点を放置した」と否定。

  2. 関係者の証言信用性

    • 一審は「証言の矛盾は少なく、虚偽の動機も薄い」。

    • 二審は「供述内容が不自然なところがあるうえ、動機は“まったくない”とはいえない」。

(3) 真実性・真実相当性の示唆

  • 真実性(厳格な立証)
    録音・映像など客観的証拠がない限り、「事件の核心部分」を事実と断定するのは難しい。

  • 真実相当性(報道機関の取材義務)
    特に政治家など公人への疑惑報道では、事前に得られる客観資料を確認・精査しないまま“断定的”に書くと、真実相当性が否定されうる。

5 結論

  • 一審判決は「真実証明まではないが、真実と信じる相当の理由あり」として違法性を否定 → 請求棄却

  • 二審判決は「取材が不十分であり、記事の核心部分は真実性も真実相当性も満たさない」として 名誉毀損を認定 → 被控訴人に330万円支払いを命じる。

両裁判所ともに「控訴人(被害を訴える国会議員)の社会的地位」「週刊誌の取材経緯」を重視しましたが、最終的に二審は“より高いハードル”を課し、記事の核心部分について真実相当性がないと判断しました。これにより一審判決は破棄され、損害賠償請求が一部認められるに至ったのです。

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