1.はじめに
インターネット上で誹謗中傷やプライバシー侵害、名誉毀損などの投稿が行われた場合、被害を主張する方(以下「請求者」といいます)は、プロバイダ(インターネット接続事業者)に対して「発信者情報開示請求」を行うことができます。この手続が行われると、プロバイダは契約者(投稿者)に対して「発信者情報開示請求に係る意見照会書」という書類を郵送し、発信者情報(氏名・住所・電話番号・メールアドレス)を開示してよいかについて回答を求めます。
意見照会書が送られてきた場合、投稿者としては「開示に同意する」か「開示に同意しない」かのいずれかの意思表示を行い、必要に応じて根拠となる事実や証拠を示すことが重要です。本記事では、より具体的な事例を5つ取り上げ、それぞれについて想定される「開示に同意しない」場合の回答例を示すとともに、注意すべきポイントを解説します。
2.「発信者情報開示請求に係る意見照会書」の概要
(1)プロバイダ責任制限法6条1項
日本のプロバイダ責任制限法4条2項では、プロバイダ等(電話会社・インターネット接続事業者など)は、被害を訴える相手方から発信者情報開示請求を受けた場合、特別の事情がない限り投稿者の意見を聴く必要があると定めています。具体的には、投稿者が「自分の氏名・住所・メールアドレスなどを相手に開示してもよいか否か」を表明する手続が必要となるのです。
(2)意見照会書に記載されている内容
意見照会書には、以下の内容が含まれていることが多いです。
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掲載箇所(URLなど)と問題とされる投稿内容
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侵害されたと主張される権利や根拠(名誉毀損、プライバシー侵害など)
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開示を求める正当な理由(損害賠償請求のため 等)
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回答書のひな型
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「発信者情報の開示に同意する」「開示に同意しない」などをチェックする形式
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3.回答書作成における選択肢と注意点
(1)「開示に同意する」と回答する場合
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開示される情報
投稿者の氏名(または名称)、住所、電話番号、メールアドレス等が相手(請求者)に渡ります。 -
早期に示談交渉へ進むケースも
違法性が明確で争いの余地が少ない投稿である場合、早期に開示に応じ、示談や謝罪で解決を図ることで、相手方負担が抑えられ示談金も低額で済むことがあります。
(2)「開示に同意しない」と回答する場合
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理由を具体的に記載する必要がある
ただ「開示に不同意」とするだけでは足りず、法律上の根拠や事実経過などを論理的に書面にまとめ、必要に応じて証拠資料を添付します。 -
最終的な判断は裁判所が行う
プロバイダは裁判になれば、裁判所の判断に従って開示・不開示を決定することになります。
4.具体的事例5つと回答例(開示に同意しない場合)
ここでは、想定されるトラブルの典型例を5つ取り上げ、それぞれについて「開示に不同意」とする場合の回答例を記載します。実際の回答では、さらに詳細な事実関係や法的根拠を盛り込む必要がある場合があります。
事例1:飲食店への低評価・批判的投稿
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投稿内容(架空)
「△△カフェの店員は本当に最悪。料理もまずいし、汚い。とてもお金を払う価値がないと思います。」 -
請求者の主張(想定)
店舗(またはオーナー)が、「根拠のない悪評をSNSに書かれた結果、売上や評判が落ちた」「名誉を毀損された」として、発信者情報の開示を求める。 -
開示に同意しない場合の回答例
事例2:会社の上司へのパワハラ批判
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投稿内容(架空)
「うちの部長(山田)は、新人をいじめて退職に追い込む最低の人間。ああいうパワハラ上司が会社をダメにするんだ!」 -
請求者の主張(想定)
部長個人が名誉毀損または侮辱に当たるとして、発信者情報の開示を求める。 -
開示に同意しない場合の回答例
事例3:友人・知人のプライバシー暴露
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投稿内容(架空)
「A子は実はバツ2で、子どもを預けて夜遊びばかりしている。SNSでも男探しに必死でヤバいよね。」 -
請求者の主張(想定)
A子がプライバシー侵害や名誉毀損を理由に開示を求める。バツ2の事実や育児状況、SNSでの行動などを晒され、社会的評価を低下させられたと主張する可能性がある。 -
開示に同意しない場合の回答例
事例4:公人や有名人への激しい批判
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投稿内容(架空)
「××党のYYY議員は税金を使って遊び歩いている! あんな議員には投票する価値なし! 今すぐ辞職しろ!」 -
請求者の主張(想定)
YYY議員が、名誉毀損や侮辱を理由に発信者情報開示を請求。特に「税金を使って遊び歩いている」という部分が虚偽の事実を摘示している可能性があると主張する。 -
開示に同意しない場合の回答例
事例5:匿名掲示板での揶揄・軽度の侮辱
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投稿内容(架空)
「(芸能事務所に所属するタレントZについて)あの人、見た目も中身も終わってる。売れ残り感がすごいんだけど(笑)」 -
請求者の主張(想定)
タレントZ本人または所属事務所が、侮辱を理由に開示を求める。特に「売れ残り感がすごい」といった表現により、本人の名誉を大きく傷つけていると主張。 -
開示に同意しない場合の回答例
5.意見照会書への回答とその後の流れ
(1)回答書の提出期限
意見照会書には、概ね2週間程度の回答期限が設けられていることが多いです。この期限内に回答を送らないと、プロバイダが独自判断で「開示する」方向に進んでしまうリスクがあります。やむを得ない事情で期限に間に合わない場合、まずはプロバイダに問い合わせ、回答期限の延長を相談することも考えられます。
(2)回答書が裁判の証拠になる可能性
提出された回答書は、相手方が開示命令を申し立てた場合に裁判所へ証拠として提出されることがあります。特に、弁護士の助言を得て作成された回答書であれば、その内容を裁判所が重視する可能性が高まる傾向にあります。したがって、開示に同意しない場合の理由を述べる際は、後の法的手続も見据えてしっかり主張を整理しておくとよいでしょう。
(3)最終的な判断は裁判所で
「開示に同意しない」回答を行った場合でも、請求者が裁判を起こし、裁判所が開示を認める判決を出せば、最終的には開示される可能性があります。プロバイダは裁判所の判決や決定に従わなければならないからです。逆に、裁判で開示が認められず請求棄却や却下となれば、投稿者の発信者情報は開示されずに済みます。
6.弁護士に依頼するメリット
「開示に不同意」と回答する場合、専門知識が必要となる法的主張を展開することが多々あります。たとえば、「名誉毀損が成立しない要件」「違法性阻却事由の該当性」「プライバシー情報に当たるか否か」「公共の利害や公益目的の有無」などを的確に整理し、証拠をそろえるには時間と労力がかかります。
弁護士に依頼すれば、以下のメリットが考えられます。
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法律的観点から主張を組み立て、書面を作成してもらえる
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裁判になった場合にも、継続的にサポートを受けられる
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相手方弁護士との交渉や、裁判所での手続きに対応できる
7.まとめ
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「意見照会書」が届いたら放置しないこと
指定の回答期限内にしっかり意見を伝えないと、開示手続が進行する恐れがあります。 -
「開示に同意する」か「しない」かは、投稿内容や相手方との関係性、違法性の度合いで判断
明らかに違法性が高い投稿であれば、早期に示談交渉へ進むのも一案です。 -
「開示に同意しない」場合は、具体的かつ論理的な根拠・証拠を示す
名誉毀損・プライバシー侵害の成立要件を満たさない旨を丁寧に主張し、証拠を添付しましょう。 -
弁護士への相談が効果的
自力で対応するには限界があるため、特に訴訟リスクの高い事案では専門家に依頼することをおすすめします。
8.おわりに
「発信者情報開示請求に係る意見照会書」が送られてきた際、投稿者は非常に不安になるかもしれません。しかし、これはあくまで「開示するかどうか」について投稿者の意見を聴くための事前手続であり、直ちに賠償責任や刑事処分が決まるわけではありません。
他方で、意見照会書への対応が不十分であったり、回答が遅れたりすると、その後の訴訟や示談交渉で不利になるケースもあります。今回ご紹介した事例と回答例はあくまで一例ですが、同じような状況に直面した場合は、必要に応じて法律の専門家と相談しつつ、後の手続を見据えた回答を行うことが大切です。
最後に、投稿者としての権利を守る一方で、インターネット上に他者を害する内容を書き込むことのリスクや責任を再認識することも重要でしょう。表現の自由は尊重されるべきですが、誹謗中傷や違法性の高い言動には法的な責任が問われる可能性があります。皆さまの冷静かつ適切なご判断を願ってやみません。