岡田克也・東京高裁が示した「真実性・真実相当性」の判断基準

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弁護士大熊 裕司
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1 はじめに

本稿では、平成21年2月5日東京高等裁判所判決(以下「本件判決」といいます)を題材に、名誉毀損における事実摘示と意見・論評の区別、ならびに真実性・相当性の判断基準などがどのように示されたかを概観いたします。本件は、民主党副代表(当時)であった衆議院議員岡田克也氏(控訴人)が、自由民主党政務調査会首席専門員(被控訴人)による出版物において、「通産官僚時代に実父の企業グループに便宜を図った疑惑がある」と記載されたことに対し、名誉毀損を理由として損害賠償・謝罪広告の掲載を求めた事案の控訴審にあたります。第一審判決(東京地方裁判所)は請求を棄却しましたが、控訴審である東京高裁は、原判決を一部変更し、被控訴人の不法行為責任を一部認めました。本件判決の事実認定と法的評価を整理することで、名誉毀損訴訟における「事実の摘示」と「意見ないし論評」の区別、そして免責規定(真実性または真実相当性)に関する裁判所の考え方を確認していきたいと思います。

2 事案の概要

控訴人である衆議院議員(民主党副代表・当時)は、旧通産省の官僚として勤務していた経歴を有しています。一方、被控訴人は、自由民主党政務調査会首席専門員という肩書で、民主党の動向や議員の政治活動を批判的に論じた複数の書籍を執筆・出版していました。そのうち二冊の書籍において「控訴人が旧通産省官僚であった当時、実父が経営するイオングループの企業(岡田興産)に便宜を図った疑惑がある」といった趣旨の記述(以下「本件各記述」といいます)が掲載されました。

控訴人は、これらの記述が名誉を毀損すると主張し、(1) 全国紙への謝罪広告掲載、(2) 慰謝料等(合計1100万円)の支払を求めて提訴しました。第一審判決(東京地裁・平成20年3月24日)は、控訴人の請求を棄却しましたが、これを不服とした控訴人が控訴したことで本件判決に至りました。

3 第一審・控訴審における主な争点

  1. 本件各記述が「事実の摘示」にあたるか、それとも「意見ないし論評の表明」にあたるか
    名誉毀損の成否を判断するにあたっては、記事や書籍等の記述が「特定の事実を摘示したもの」なのか、あるいは「意見ないし論評」を述べたにすぎないのかを区別する必要があります。また、その記述を一般の読者がどのように理解するか、前後の文脈や出版当時の社会常識などを踏まえる点が重要です。

  2. 真実性および相当性の有無
    仮に「事実の摘示」であった場合、(a) その事実が真実であるか、もしくは(b) 真実であると信ずるにつき相当の理由があるか、といういわゆる免責要件が認められるかどうかが問題となります。これを満たさない場合、名誉毀損の不法行為責任が成立すると整理されます。

  3. 意見・論評における違法性の判断(公共性・公益目的・論評の域を逸脱していないか)
    仮に「意見ないし論評」と判断される場合であっても、その前提となる事実が重要な部分で真実であり、論評が人身攻撃に及ぶなどの域を逸脱しないことなどが要件として認められます。政治家に対しては、その社会的影響力からより自由な批判・論評が許容されるという裁判例上の枠組みも考慮されます。

  4. 謝罪広告の要否
    民法723条が定める名誉回復措置として、新聞等への謝罪広告が認められるかどうか、あるいは慰謝料による賠償をもって足りるかが問題となりました。本件では、書籍における一部の記述が問題とされたため、当該書籍の影響範囲や読者層なども考慮されます。

4 東京高裁の判断

1. 本件記述一(「岡田氏は国家公務員法違反をしていた」の見出し付近)の評価

本件記述一は、旧通産省官僚であった控訴人が国家公務員法上の兼職禁止規定に違反し、両親が設立した不動産会社「岡田興産」の取締役に就任していたことを受け、「通産省の地位を利用して実父の企業グループに便宜を図った疑惑がある」と述べている部分です。
東京高裁は、この記述を「意見ないし論評の表明」と位置づけました。すなわち、本件書籍の文脈や読者の想定レベルなどを踏まえると、あくまで「兼職禁止規定違反を契機として、公務員の立場を利用した可能性を疑う声がある」という論評の形をとっていると判断し、事実を直接摘示したものではないと解釈しました。さらに、公共の利害に関する事項で公益目的も認められ、政治家に対する自由な批判がより広く許容される立場を勘案し、違法性が阻却されると判断されました。

2. 本件記述二(「当時、ジャスコの全国展開を推進した岡田興産と通産省の関係~」の部分)の評価

一方、本件記述二については、同じく「通産官僚の地位を利用して、父が経営するイオングループに便宜を図った疑惑がある」との表現がなされています。しかし、高裁は、本件記述二が書籍全体の文脈の中で読まれると、「岡田興産が実際にイオングループの全国展開業務に関わり、それに対して通産省官僚である控訴人が具体的な利益供与を行った」と疑われるような「事実の摘示」と読者が受けとめる可能性が高いと判断しました。
加えて、被控訴人側は、これに関して「真実であること」「真実と信じる相当の理由」を立証できませんでした。岡田興産は名目上の不動産会社にすぎず、全国展開と関連性が認められないにもかかわらず、さも事実であるかのように表現されていたため、公共性・公益目的が認められる場合でも免責されないと判示されました。

3. 結論:損害賠償請求の一部認容・謝罪広告請求の一部棄却

以上により、東京高裁は、本件記述二に基づき控訴人の社会的評価が低下したと認定し、名誉毀損の不法行為責任を肯定しました。その上で、謝罪広告の掲載までは要しないと判断し、慰謝料100万円および弁護士費用10万円(計110万円)と遅延損害金の支払いを命じ、原判決を変更しました。

5 名誉毀損における「真実性」と「真実相当性」

一般に名誉毀損の訴訟では、「公共の利害に関する事実」であり、かつ「専ら公益を図る目的」で書かれた表現については、(a) 摘示された事実が重要な部分において真実であることが証明される場合、または (b) 真実であると誤信したことにつき相当の理由がある場合(真実相当性) には、違法性が阻却されると整理されています(最高裁判例)。これらは名誉毀損の「免責要件」とも呼ばれ、表現行為の自由保護と個人の名誉保護の調整を図るための基準となります。

6 本件における「真実性・真実相当性」検討の対象

本件判決で問題となった二つの記述のうち、一つ目(以下「本件記述一」)については「意見・論評の表明」と認定されたため、「真実性」や「真実相当性」の要件ではなく、論評に関する判断枠組み(公共性・公益目的・論評の前提事実の真実性・論評の域の逸脱性等)が適用されました。最終的には政治家批判として許される論評の範囲にとどまるとされ、名誉毀損の不法行為責任は否定されました。

これに対して二つ目(以下「本件記述二」)は、「実父が経営する企業グループの全国展開を推進していた岡田興産と通産省との関係において、通産官僚である控訴人が便宜を図った疑惑が存在する」と読者に受け取られる“事実の摘示”と認定されました。そこで裁判所は、被控訴人側に「真実性」「真実相当性」の立証があるかどうかを検討し、これができなければ名誉毀損の成立を肯定する方向へ判断を進めることとなります。

7 東京高裁の判断概要

(1) 「真実性」の判断

まず、本件記述二で摘示された事実の「重要部分」とは、「控訴人が旧通産省の官僚という立場と、父親の経営する流通企業グループに関連する岡田興産の取締役という地位を利用して、大手流通企業の全国展開に便宜を図った疑惑がある」という点です。

  • 岡田興産の実態:
    判決文によれば、実際の岡田興産は「名目上の不動産管理会社」に近く、全国展開業務を主体的に行うなどの実態は認められませんでした。控訴人が取締役に就任していたのは事実でも、それが「ジャスコ(イオングループ)の全国展開を推進していた」という事実や、控訴人が通産官僚の地位を活用して便宜を図っていたという事実は、本件審理において全く立証されていません。

  • 被控訴人の立証活動:
    被控訴人は、本件記述二の内容(「全国展開に関わる便宜供与疑惑」)が真実であることを立証しようとする主張自体を明確に行わず、証拠も提出しませんでした。したがって、「重要部分における真実性の証明」はまったく認められないと結論づけられています。

(2) 「真実相当性」の判断

次に、事実が真実であると証明できない場合でも、「当該事実を真実と信じるにつき相当の理由」が被控訴人にあれば、過失や故意が否定される場合があります。しかし、本件判決は以下の理由から、真実相当性を肯定することも否定しました。

  1. 取材・調査の欠如:
    被控訴人は、控訴人が国家公務員法の兼職禁止規定に反して取締役に就任していた点を基礎に「疑惑」を論じましたが、岡田興産が全国展開業務を実施していたか、また控訴人が便宜を図ったとされる具体的事実が何かについては、十分な調査や裏付けを示していませんでした。記事や週刊誌の断片的な情報を引用するにとどまり、それを真実と信じるだけの合理的な根拠は見当たらない、と判断されました。

  2. 書籍の全体構成と読者への印象:
    裁判所は、本件書籍二の他の箇所に同旨の「便宜供与をうかがわせる有力な根拠」が存在しないことも踏まえ、被控訴人が「当時の取材や報道に鑑みれば真実と思ってもやむを得ない」という具体的理由を示していない点を重視しました。そのため、「便宜を図った疑惑」という記述を真実と信じるにつき相当の理由があるとは到底認められないとされました。

このように、真実相当性を基礎づける客観的な資料や、著者が相当といえる取材を尽くした形跡がまったく認められない状況では、裁判所が被控訴人の“故意または過失の否定”を認めることはありません。その結果、本件記述二については、不法行為責任を免れることはできないとの結論に至りました。

8 まとめ

  • 本件では、一つ目の記述(本件記述一)
    → 記述全体の文脈上「意見・論評」に該当するとされ、政治家に対する批判として一定程度は許容されうる範囲の表現として、違法性が阻却されました。

  • 二つ目の記述(本件記述二)
    → 「事実の摘示」の側面が明確であり、さらに真実性もしくは真実相当性について被控訴人の立証が認められないため、違法性が否定されないと判断されました。すなわち、名誉毀損が成立し、不法行為責任(損害賠償)が認められたのです。

結局、東京高裁は、被控訴人が「控訴人が便宜を図った」という事実を主張・立証することに失敗したことをもって「真実性」は認められず、また「真実と信じるにつき相当な理由」も見いだせないとして、「真実相当性」も否定しました。名誉毀損訴訟では、とくに政治家のような公共的立場の者に対する批判は広く許容される傾向があるものの、“特定の事実” にまで踏み込んだ主張を行う以上は、その事実を裏づける相当な取材や証拠が求められるという裁判所の姿勢が、本件であらためて示されたといえます。

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