1 はじめに
「間接強制」は、強制執行手段の一つとして民事執行法に定められています。金銭支払いではない“作為義務”や“不作為義務”を履行しない債務者に対し、不履行1日につき一定の金銭ペナルティを科すことで、心理的・経済的な圧力をかけ、義務の履行を促す制度です。
その典型的な利用場面として、
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発信者情報開示命令(仮処分含む)が出てもコンテンツプロバイダ(とくにX〈旧Twitter〉など)が任意に開示しない場合
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子の引渡しに応じない場合
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面会交流を拒否し続ける場合
などが挙げられます。本記事では間接強制の概要や利用方法だけでなく、子の引渡しや面会交流に関わる家事事件での留意点にも詳しく触れていきます。
2 間接強制とは
2-1 制度の概要
間接強制とは、債務者の不履行期間に応じて金銭を支払わせることで、債務者に心理的・経済的圧力をかけ、義務を履行させる制度です。たとえば「判決や仮処分命令で定められた作為義務に違反した日について、1日あたり〇万円を支払え」という形をイメージしていただくとわかりやすいでしょう。
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直接強制:物の引渡しなどを公権力が直接行う
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代替執行:義務者に代わって第三者が作業を行い、その費用を義務者に負担させる
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間接強制:義務者がしない限り金銭ペナルティが課され続ける
このうち間接強制は、本人でなければ実行できない行為(たとえば「SNS運営者による情報開示」「親が子を手渡す行為」など)の履行を促す際に、最も力を発揮する手段です。
2-2 利用場面
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発信者情報開示に応じない場合
インターネット上の誹謗中傷や権利侵害に関する裁判手続で、サービス事業者(X、ブログ運営会社など)に対して発信者情報の開示が認められたにもかかわらず、実際には開示に応じないケースがあります。日本国内で事業を行っている企業であれば何らかの対処が可能な場合もありますが、海外事業者や運営ポリシーの違いなどにより開示を渋るケースがあり、そこで間接強制を活用する例がみられます。 -
子の引渡しに応じない場合
離婚・別居時に子どもの監護権や親権をめぐる紛争があると、家庭裁判所の審判や仮処分で「〇〇日に子どもを引渡すこと」と定められても、実際には引渡しがなされないことがあります。このような場合に、直接子どもを取り上げると子の福祉に大きな影響を与えかねないため、子を引渡さないことでペナルティ(不履行1日ごとに〇万円など)を課す形を採るのです。
3 間接強制の手続きと要件
3-1 債務名義の取得
間接強制を行うには、まず「債務名義」が必要です。債務名義とは、裁判所の判決や仮処分命令、審判書、和解調書などで、債務者に対する作為義務や不作為義務がはっきりと定められている文書を指します。発信者情報開示仮処分命令(開示命令)や、子の引渡しの審判(仮処分)が典型的な例です。
3-2 間接強制の申立て
債務名義があり、かつ相手方が任意で履行しないときは、家庭裁判所(子の引渡しなど家事事件の場合)または地方裁判所(その他のケースなど)に「間接強制の申立て」を行います。申立書では、
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義務内容(何をすべきか)
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不履行時に科す金額(例:不履行1日につき〇万円)
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金額の算定根拠
などを明示しておく必要があります。以下では、実務で用いられる書式の一例を示します(あくまで雛形であり、事案に応じて修正・追加が必要です)。
【間接強制申立書(書式例)】
間接強制申立書
令和○年○月○日
○○地方裁判所/○○家庭裁判所 ○○部 御中
債権者 ○○○○(住所・氏名・連絡先)
債務者 ○○○○(住所・氏名)
第1 申立の趣旨
1 債務者は、申立人に対し、次の行為を履行しなければならない。
(例:債務者は債権者に対し、○○(子の氏名)を引き渡せ。)
(例:債務者は債権者に対し、発信者情報を開示せよ。)
2 債務者が上記義務を履行しない場合には、不履行1日につき金○万円を債権者に支払え。
3 申立費用は債務者の負担とする。
第2 申立の理由
1(債務名義の存在)
債権者は、令和○年○月○日付の○○裁判所○○部による判決(または審判、仮処分命令など)により、
債務者が○○(行為内容)を履行すべき旨の確定判決(または執行力のある審判書、仮処分命令など)を得ている。
2(債務者の不履行)
しかしながら、債務者は上記判決(審判・仮処分命令)に基づく義務を未だ履行していない。
3(間接強制の必要性)
ア 債務者自身が履行しなければならない行為であること
イ 直接強制や代替執行が困難または不適当であること
ウ 債務者に履行を促すために金銭的ペナルティを科すことが相当であること
4(不履行金額の算定根拠)
不履行1日につき金○万円とした理由は以下のとおりである。
(例:債務者の資力・収入状況、債権者が被る損害額等を考慮した結果、1日あたり○万円が相当と判断した など)
よって、間接強制の申立の趣旨記載のとおりの裁判を求める。
添付書類
1 執行力のある債務名義(判決正本・審判書・仮処分命令正本 等) 1通
2 送達証明書 1通
3 報告書(不履行の事実、損害金を証するもの) 1通
4 委任状(代理人申立の場合) 1通
以上
(※上記は一例であり、実際には事案や裁判所の運用に応じて修正・追加が必要です)
3-3 間接強制決定と強制執行
申立書を提出し、裁判所が審理を経て「間接強制決定」を下すと、正本が債務者に送達されます。そこに「不履行1日につき○万円を支払う」という内容が明示されていることで、債務者に心理的な圧力をかけられるわけです。もし債務者がなおも義務を履行しなければ、不履行期間分の金銭を請求し、支払わない場合にはさらに強制執行手段(財産の差押え等)を行うことができます。
4 間接強制があまり利用されない理由
間接強制は非常に有効な手段である一方で、実務ではそこまで頻繁に利用されているわけではありません。その理由としては、
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相手方がそもそも資力に乏しい場合
金銭ペナルティを科しても、支払能力がなければ実効性が下がってしまうため、申立側としてもメリットが薄い。もっとも、大企業が運営しているSNSには、この理由はあてはまりません。 -
直接強制や代替執行で対応可能なケースは少なくない
建物明渡など、直接強制で立ち退きを実施できるケースでは、わざわざ間接強制を選択しなくてもよい。子の引き渡しは直接強制も可能ですが、開示請求の場合は、間接強制によるしか方法はありません。
5 子の引渡し・面会交流の場合の留意点
子に関わる家事事件では、子の最善の利益や子の意思が重視されるため、強制執行の手法をどのように行うかが大きな問題となります。
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直接強制:執行官が子を物理的に連れ出す可能性があるが、子に与える心理的負担が大きい
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代替執行:子の引渡しや面会交流は当事者本人の協力が必須であり、第三者による代行が難しい
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間接強制:金銭ペナルティで相手方を心理的に圧迫し、自発的に引渡し・面会を実行させる
5-1 子の引渡しの場合
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子の福祉を優先
子を無理やり引渡しさせる直接強制は、年齢や性格などによってはトラウマを生む可能性があります。そこで間接強制によって「引渡さないと1日につき〇万円のペナルティが生じる」という状況を作り出し、相手方に任意の履行を促すのです。 -
金額の設定
相手方の資力、不履行による被害、親同士の対立状況などを踏まえ、裁判所が認める程度の金額を主張する必要があります。高すぎても「不相当」と判断されるおそれがありますし、低すぎると抑止効果が乏しくなるため、バランスが難しいところです。 -
家事事件特有の運用
家事事件として家庭裁判所が扱うため、調停や審判を経ている場合が多く、さらに執行抗告によって手続が長期化することも珍しくありません。子の年齢が高いほど、本人の意思が尊重される傾向にあります。相手方に強く争われることも少なくありません。
5-2 面会交流の場合
面会交流(子と離れて暮らす親が定期的に会うこと)についても、家庭裁判所が調停や審判で具体的な日時や場所、頻度などを決めることがあります。しかし、決定が出ても感情的対立から一方の親が「絶対に会わせない」と拒否し続けるケースは少なくありません。
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直接強制が難しい理由
面会交流は当事者同士の協力が不可欠で、子供を物理的に連れてくるなどの直接強制は、そもそも実現できません。 -
間接強制のメリット
「面会交流を拒否し続けると、拒否1回あたり〇万円のペナルティが発生する」といった形で決定を得ることで、拒否が重なるほど相手方に金銭的負担が増えていきます。結果として話し合いに応じる動機づけとなり、面会交流を実現する可能性が高まります。 -
運用上の注意
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子が思春期などで「会いたくない」と考えている場合、親だけの意思で無理に会わせるのは子の福祉を損ねる恐れがあるため、家庭裁判所調査官や心理士の関与が重要です。
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相手方が資力に乏しくペナルティを支払えない状況だと、間接強制の実効性は下がります。
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6 おわりに
間接強制は、当事者本人でなければ実行できない作為義務・不作為義務に対して金銭的な負担を課すことで、実質的な履行を引き出す制度です。
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発信者情報開示に応じない海外運営企業(特にX)のケース
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子の引渡し(面会交流含む)を相手方が拒否するケース
といった実務の場面で、その威力を発揮する可能性があります。他方で、相手方がまったく支払能力を有しない場合や、金銭的圧力に屈しない場合には実効性が限定されるのも事実です。また、あまり利用される頻度が高くないこともあり、裁判所の運用や各種書式が安定していない面があることに注意が必要です。
もし間接強制による解決を検討している場合は、債務名義の内容を明確にし、裁判所に適切な主張・立証を行うことが重要になります。その際、実際の申立書は上記のような雛形をベースに、事案ごとの事実関係や相手方の資力などを十分に検討して、加筆修正していきましょう。専門家(弁護士)の助言を得ながら進めることで、よりスムーズに手続きを実行できるはずです。
以上、間接強制について解説しました。実際に利用する際には個別の事案ごとに検討すべき点が多々ありますので、早めの段階で専門家にご相談されることをおすすめします。