楽天vsFLASH判決、ー4.4億円請求がなぜ220万円になったのか?

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弁護士大熊 裕司
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2024年8月30日(令和6年8月30日)、日本のビジネス界とメディア界が注目した一つの裁判に判決が下されました。楽天グループ株式会社と同社の三木谷浩史会長兼社長が、週刊誌「FLASH」およびニュースサイト「Smart FLASH」を発行する株式会社光文社らを名誉毀損で訴えた訴訟です(東京地裁 令和5年(ワ)第8388号)。

判決は、光文社側の名誉毀損を一部認め、合計220万円の損害賠償とウェブ記事の削除を命じました。しかし、楽天側が請求した4億4000万円の賠償や謝罪広告は退けられ、訴訟費用の大部分は楽天側が負担するという、「一部勝訴だが、手放しでは喜べない」非常に示唆に富んだ内容となりました。

この記事では、なぜこのような結論に至ったのか、判決のロジックを読み解きながら、この事例から企業やメディアが学ぶべき実践的な教訓を徹底的に解説します。

事案の背景 ー 何が争われたのか

2023年4月、週刊誌「FLASH」は、「『俺はコカインの密売人』暴力団組員と密接交際写真」などの見出しで、三木谷氏が反社会的勢力と交際し、違法薬物を使用しているかのような疑惑を報じました。これに対し、楽天グループと三木谷氏は「事実無根」として即日提訴。光文社、FLASH編集長、担当記者に対し、①合計4億4000万円の損害賠償、②ウェブ記事の削除、③謝罪広告の掲載という3点を求めました。

裁判所の判断ー司法が示した4つの境界線

1. 名誉毀損の“クロ・シロ”ーなぜ『親密交際は違法』で『薬物疑惑はセーフ』か?

この裁判の最も興味深い点は、同じ記事に書かれた2つの疑惑に対し、裁判所が「片方は違法な名誉毀損(クロ)、もう片方はセーフ(適法)」と明確に判断を分けたことです。その基準は、「一般の読者が読んだときに、『断定的な事実』として受け取るか、単なる『疑惑の提示』として受け取るか」という点にありました。

  • 「親密交際」がクロ(違法)と判断された理由
    裁判所は、「反社会的勢力との親密な交際」については、記事全体が“合わせ技”で断定的な印象を作り上げていると判断しました。①「密接交際」という断定的な見出し②腰に手を回す親密そうな写真、そして③「関係は暴力団内で有名だった」「連絡には消えるSNSを使っていた」といった具体的な本文。この三位一体の構成は、読者に対し「三木谷氏は、相手が反社だと知りながら、やましい親密関係を築いていた」という事実を断定的に伝えていると評価され、違法な名誉毀損であると結論付けられました。

  • 「薬物疑惑」がセーフ(適法)と判断された理由
    一方で、「違法薬物の購入・使用」の疑惑については、裁判所は「断定を巧妙に避けている」と評価しました。「~ではないかとの疑問が出てくる」といった推測的な表現にとどめ、決定打として、楽天側からの「そのような事実はない」という否定の回答を記事内に併記していました。これにより、記事全体のトーンは「断定」から「疑惑の提示」へと変わり、名誉毀損にはあたらないと判断されたのです。

2. なぜ記事の違法性は免除されなかったのか?ー問われた「取材の質」

名誉毀損が成立しても、記事が公共の利益にかない、内容が真実であれば、その違法性は免除されます(真実性の抗弁)。また、真実でなくても「真実と信じるに足る相当な理由(真実相当性)」があれば同様に免責されます。

しかし、裁判所は光文社側の主張を完全に退けました。その理由は、「裏付け取材の質の低さ」です。裁判所は、証拠として提出された取材メモを「断片的」と評価し、客観的な裏付けが不十分であると厳しく指摘しました。裁判所がメディアに求めるのは、単に「取材した」という事実ではなく、①情報源の信頼性の吟味、②客観的証拠との照合、③当事者への十分な反論の機会の提供といった、慎重で公正なプロセスです。このプロセスが欠けていたと判断されたため、記事の違法性は免除されませんでした。

3. 4.4億円が220万円に ― 賠償額のリアルと「訴訟費用のワナ」

賠償額は、請求額のわずか0.5%。これには、日本の司法における2つの大きな現実が関係しています。

  • 日本の慰謝料の「相場観」
    日本の名誉毀損における慰謝料は、欧米のような懲罰的な意味合いを持たず、個人の場合で数十万~数百万円が一般的なレンジです。本件でも、三木谷氏らの社会的地位は考慮されつつも、名誉毀損の成立範囲が限定されたことや、楽天自身に高い情報発信力(自己回復能力)があることなどが総合的に判断され、慰謝料はそれぞれ100万円という現実的な金額に落ち着きました。

  • 「勝って赤字」のリスクー訴訟費用のワナ
    本判決で最も厳しい側面は、「訴訟費用の199/200は原告(楽天側)の負担とする」という命令です。この仕組みは以下の通りです。

    1. 高額な手数料:楽天側は、訴訟を起こす際に請求額4.4億円に応じた高額な手数料(印紙代)を裁判所に納めます。

    2. 敗訴割合の計算:判決で、請求の約99.5%が棄却(事実上の敗訴)されます。

    3. 費用負担の決定:裁判所は「敗訴した側が、その割合に応じて手数料を負担する」というルールに基づき、楽天側に手数料の大部分を負担するよう命じます。

    4. 結果:得られた賠償金(220万円)より、負担する訴訟費用や弁護士費用の方が大きくなる「費用倒れ」のリスクが生じるのです。

4. 記事削除は認容、しかし謝罪広告は棄却ー企業の「自己回復能力」

ウェブ記事の削除は、名誉毀損が継続しているとして認められました。しかし、謝罪広告は「楽天自身が高い情報発信力で反論できる」ことを理由に棄却されました。これも、被害者の属性によって司法の救済内容が変わることを示す重要なポイントです。

実務的インプリケーションーこの判決から何を学ぶべきか

【メディア側への教訓】

  1. 表現の差が命運を分ける: 「疑惑」と「断定」の表現は、天と地ほどの法的リスクの差を生むことを肝に銘じるべきです。

  2. 「取材の作法」が問われる: 「取材した」という主張だけでは法廷では通用しません。客観的な証拠(録音など)の確保が不可欠です。

【企業・著名人側への教訓】

  1. 高額請求訴訟は諸刃の剣: 強い抗議の意思は示せますが、「費用倒れ」になるリスクを理解する必要があります。

  2. 自己発信力が最大の防御: 平時から毅然とした広報・情報発信体制を築くことが、有事の際のダメージコントロールと、裁判での有利な判断に繋がります。

まとめと今後の展望

本判決は、メディアの「表現の自由」と企業の「名誉権」の間に引かれた、現代の司法のリアルな一線を示しています。メディアにはより質の高い取材倫理を、企業にはより戦略的な広報・法務対応を要求する、非常に示唆に富んだケースと言えるでしょう。

言論空間の健全化には、発信者・受信者双方がそのリスクと権利についてのリテラシーを高めることが不可欠です。

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