
被疑者の実名報道
実名報道がされる場合とされない場合
ある事件で逮捕されると、警察発表により実名報道がされることがあります。今日では、マスコミで報道されるニュースは紙面だけではなくインターネット上で広く報道されています。
同じような事件で、同じような職業の人が逮捕されたとしても、実名報道される人と実名報道されない人がいます。重大犯罪であれば実名報道されるのが通常ですが、マスコミ報道を見てみると、「痴漢」「盗撮」「酒気帯び運転」等の事件報道(示談が成立して起訴猶予になったり、罰金で終わるような事件)でも、実名報道されるケースとされないケースがあり、それは公務員が事件を起こした場合でも同様のようです。
実名報道されたニュース記事がインターネットで公開されてしまっている方からの相談も多数受けておりますが、その方々からのお話では、取調べを担当した警察官からは実名報道はされないと説明されていたのに、実際は実名報道されていたというケースが多くあるようです。
関係者にこのことを聞いたことがありますが、取調べ担当者とマスコミ対応の広報担当者が異なっているため、「取調べ担当者が言っていたことと話が違う!」という事態が生じるようです。
あまり大きな事件がないような日は、普段ならマスコミに発表されないような事件でもマスコミに事件が伝わり、報道すべき事件があまりないような日は、大きくない事件でも報道されたりすることもあるようです。
したがいまして、実名報道されるか否かは、警察やマスコミが忖度した結果実名報道されなかった場合や、有名人なので実名報道されてしまった場合もあるかもしれませんが、運悪く実名報道されてしまったケースもあるようです。
実名報道がされた場合のデメリット
インターネット上で報道された逮捕記事は、様々な匿名掲示板やブログ等に貼り付けられ、その数が膨大な数に及ぶことも珍しいことではありません。私が見る限りでは、公務員(特に警察官や教員)の方が、痴漢や盗撮、児童ポルノ禁止法違反等で実名報道されたニュース記事は、多くの方がツイッターやブログで引用するケースが多いと感じます。
こうした逮捕記事がインターネット上で公開されてしまうと、就職活動の際に悪影響が出たり、場合によっては、現在勤務している職場を退職しなくてはならないケースもあります。今日では、会社が採用予定の人物の氏名をインターネットで検索して、その人に関する情報を調査することは通常行っています。これは、転職しようとしている人が、転職先の評判を調べるために、インターネットで会社名や社長名を検索して調べるのと同様です。
また、金融機関は反社チェック(取引先が反社会的勢力やその関係者でないか確認すること)のため、日々のニュース報道を確認しています。逮捕されたから当然に反社会的勢力というわけではないのですが、逮捕記事は融資を受けるにあたってはマイナスになるようで、収入には全く問題がないような方でも、どこの銀行でも住宅ローンが通らないという話をよく聞きます。
逮捕記事の削除
一般のプロバイダであれば、利用規約に基づいて判断をしてもらえますので、任意の削除請求で対応することが可能です。
ただし、2ch.scなど、削除請求を任意で行った場合、削除要請版等の掲示板に削除請求を行った事実が投稿される掲示板もあり、二次被害が生じることになります。このような掲示板の場合は、裁判所による仮処分手続きにより削除をする必要があります。
任意の削除請求をしても問題がない掲示板か否かは、一見して明らかでない場合がありますので、インターネット問題に詳しい弁護士に依頼するのが安全だとは思います。
Google検索結果削除に関する最高裁決定
従来は、インターネット上の逮捕記事の削除に関して、最高裁判所の立場は明かでありませんでした。この点、Googleの検索結果に自己の逮捕記事(5年以上前に児童買春で逮捕された記事)が表示されていることについて、Googleに対し検索結果からの削除を求める仮処分が認められるかについて、初めて最高裁判所の判断が示されました(最高裁平成29年 1月31日決定・民集 71巻1号63頁)。以下のように、最高裁は、検索事業者であるGoogleは「現代社会においてインターネット上の情報流通の基盤として大きな役割を果たしている」として、Googleが逮捕記事を表示する理由と、逮捕記事を公表されない利益とを比較衡量して、逮捕事実を公表されない法的利益が優越することが「明らか」な場合に、削除が認められるとする高いハードルを定めました。
以上のような検索事業者による検索結果の提供行為の性質等を踏まえると,検索事業者が,ある者に関する条件による検索の求めに応じ,その者のプライバシーに属する事実を含む記事等が掲載されたウェブサイトのURL等情報を検索結果の一部として提供する行為が違法となるか否かは,当該事実の性質及び内容,当該URL等情報が提供されることによってその者のプライバシーに属する事実が伝達される範囲とその者が被る具体的被害の程度,その者の社会的地位や影響力,上記記事等の目的や意義,上記記事等が掲載された時の社会的状況とその後の変化,上記記事等において当該事実を記載する必要性など,当該事実を公表されない法的利益と当該URL等情報を検索結果として提供する理由に関する諸事情を比較衡量して判断すべきもので,その結果,当該事実を公表されない法的利益が優越することが明らかな場合には,検索事業者に対し,当該URL等情報を検索結果から削除することを求めることができるものと解するのが相当である。
Twitterにおける逮捕記事の削除に関する最高裁判決
上記Google最高裁決定以降、逮捕記事の削除に関しては、厳しい基準で判断する事案が見られ、特にX(旧Twitter)は多数の利用者(閲覧者)がおり、Googleと同様に「現代社会においてインターネット上の情報流通の基盤として大きな役割を果たしている」として、検索事業者と同様の判断基準で削除の可否を判断する事例がありました。
しかし、最高裁令和 4年 6月24日・判決民集 76巻5号1170頁は、Google最高裁決定とは異なる判断基準を示し、Google最高裁決定が要求した逮捕事実を公表されない法的利益が優越することが「明らか」である要件は不要であると判示しました。どのような事実をどの程度考慮するかにより、削除の可否については判断が異なりますが、従来に比べれば、削除が認められる事例は多くなっているといえます。
個人のプライバシーに属する事実をみだりに公表されない利益は、法的保護の対象となるというべきであり、このような人格的価値を侵害された者は、人格権に基づき、加害者に対し、現に行われている侵害行為を排除し、又は将来生ずべき侵害を予防するため、侵害行為の差止めを求めることができるものと解される(最高裁平成13年(オ)第851号、同年(受)第837号同14年9月24日第三小法廷判決・裁判集民事207号243頁、最高裁平成28年(許)第45号同29年1月31日第三小法廷決定・民集71巻1号63頁参照)。そして、ツイッターが、その利用者に対し、情報発信の場やツイートの中から必要な情報を入手する手段を提供するなどしていることを踏まえると、上告人が、本件各ツイートにより上告人のプライバシーが侵害されたとして、ツイッターを運営して本件各ツイートを一般の閲覧に供し続ける被上告人に対し、人格権に基づき、本件各ツイートの削除を求めることができるか否かは、本件事実の性質及び内容、本件各ツイートによって本件事実が伝達される範囲と上告人が被る具体的被害の程度、上告人の社会的地位や影響力、本件各ツイートの目的や意義、本件各ツイートがされた時の社会的状況とその後の変化など、上告人の本件事実を公表されない法的利益と本件各ツイートを一般の閲覧に供し続ける理由に関する諸事情を比較衡量して判断すべきもので、その結果、上告人の本件事実を公表されない法的利益が本件各ツイートを一般の閲覧に供し続ける理由に優越する場合には、本件各ツイートの削除を求めることができるものと解するのが相当である。原審は、上告人が被上告人に対して本件各ツイートの削除を求めることができるのは、上告人の本件事実を公表されない法的利益が優越することが明らかな場合に限られるとするが、被上告人がツイッターの利用者に提供しているサービスの内容やツイッターの利用の実態等を考慮しても、そのように解することはできない。