
SNSや掲示板では、告発や口コミが広まると「公益のため」「公共性があるから問題ない」と言われがちです。しかし、名誉毀損の文脈でいう公共性(公共の利害に関する事実)は、かなり厳密に絞られます。
ここでいう公共性は、「たくさんの人が興味を持つ」こととは別で、社会が判断するために必要な情報かどうかという観点で見られます。
この記事では、公共性の意味・判断要素・誤解しやすい落とし穴を整理し、あわせて公共性が争点になりやすい代表的裁判例も紹介します。
1 公共性は「免罪符」ではなく、名誉毀損を論じる“入口”です

名誉毀損は、相手の社会的評価を下げる事実を広めた場合に成立が問題になります。ただし社会には、「知らせる必要がある情報」もあります。選挙候補者の重要な経歴、危険な商品や医療事故、公金の不正などは、放置すると社会全体の損失や被害拡大につながり得ます。
このため裁判実務では、名誉毀損であっても、①公共性、②公益目的、③真実性(または真実と信じたことに相当の理由)といった要素がそろうと、違法性が否定され得る(あるいは責任が否定され得る)という枠組みが用いられてきました。民事の名誉毀損について、この枠組みを明確に示した代表例として、最判昭和41年6月23日(いわゆる「署名狂やら殺人前科」事件)・裁判所HPが挙げられます。
ここで強調したいのは、公共性は“入口”にすぎないという点です。公共性がありそうでも、裏付けが弱かったり、表現が過剰だったりすると、結局は名誉毀損として責任が認められる可能性があります。公共性を盾にするなら、まず「社会的に必要な情報か」を丁寧に切り分ける必要があります。
2 公共性の判断は「テーマ名」ではなく、3つの要素で決まります
公共性は「事件の話だから」「政治の話だから」といったラベルで自動的に決まるものではありません。実務的には、次の3点を総合して考えるのが分かりやすいです。
(1)誰のことか(対象者)
政治家・選挙候補者・行政の要職者・企業の経営者など、社会への影響が大きい立場ほど、公共性が肯定されやすい傾向があります。有権者・住民・消費者が判断するための材料になりやすいからです。
一方で、一般の私人(公的立場がない個人)の私生活は、公共性が認められにくいのが基本です。
(2)何のことか(情報の性質)
公共性が出やすいのは、典型的には次の分野です。
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安全・健康:事故、危険、衛生上の重大な問題
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取引の公正:虚偽広告、詐欺的手口、重大な不告知
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公的活動の適否:公金、利益相反、職務の公正
反対に、恋愛、家庭内の揉め事、病歴、性生活などは、社会的判断に不要と見られやすく、公共性は弱くなりがちです。
(3)社会的判断に役立つか(関連性)
公共性の核心は「関連性」です。
その情報がないと社会が誤った判断をしてしまう、被害が避けられない、適切な選択ができない――こう説明できるなら公共性は出やすいです。
逆に、「知っても得をするのは野次馬だけ」という情報は、どれほど話題でも公共性が弱くなります。

3 例で理解する:公共性が肯定されやすい投稿/否定されやすい投稿
3-1 公共性が肯定されやすい典型(注意喚起・公的監視)
たとえば次のような話題は、公共性が問題になりやすい領域です。
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危険回避:商品やサービスに重大な安全リスクがある
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消費者判断:重要事項を隠して勧誘している疑いがある
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公的監視:選挙候補者の適格性、行政対応の不適切、公金の不透明な支出
医療・保険財政に関わる問題は、公共性が肯定されやすい典型です。実際、NHKの県内ニュースが、歯科医師による架空の診療報酬請求(不正請求)事件等を報じた放送について争われた甲府地判平成17年7月5日・裁判所HPでは、放送内容が社会的関心の高い領域に属することが判決文から読み取れます。
「医療」「公的保険財政」「専門職団体の対応」などが絡むと、単なるゴシップではなく社会が判断する必要性が強い、という理解がしやすいでしょう。
3-2 公共性が否定されやすい典型(晒し・私事暴露・私刑)
他方で、次のような投稿は公共性が否定されやすいです。
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実名・住所・勤務先・家族関係などをセットで拡散する(いわゆる晒し)
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私生活のディテール(病歴、性生活、家庭内事情)を掘り下げる
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「制裁してやる」「潰してやる」といった私刑的な文脈に寄る
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根拠が薄いのに断定口調で繰り返す
私人のプライバシー領域に深く踏み込んだ表現が問題になった事件として、出版差止めが争点となった「石に泳ぐ魚」事件(平成14年9月24日判決・裁判後HP)がよく参照されます。モデルとされた人物が特定できる形で私生活に関わる情報が描かれた点が問題となり、表現の自由と人格権(プライバシー等)の調整が強く意識されました。
この事件が示唆するのは、「題材が面白い」「注目されている」というだけでは公共性にはならず、私生活領域の暴露は厳しく見られ得る、ということです。
4 「続報だからOK」は危険――公共性は“追加情報”にも毎回必要です
炎上は「続報」「追加暴露」で加速します。最初は注意喚起のつもりでも、拡散の過程で次のように膨らみがちです。
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①トラブルの概要(まだ社会的必要性がある)
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②相手の属性・過去の経歴(やや怪しい)
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③住所・家族・交友関係・病歴など(公共性が薄い私事へ)
しかし、公共性は「続報だから自動的に付く」性質のものではありません。追加した情報が社会的判断に本当に必要かが、その都度問われます。必要性が薄い情報ほど公共性から外れ、むしろ違法性を強める方向に働きます。
実務的には、「社会が判断するために必要な範囲」を越えた時点で、公共性の議論だけでは支えにくくなります。
5 公共性が高い話題ほど「事前に止める」ことは例外――北方ジャーナル事件
公共性を語るうえで、表現の自由との関係も欠かせません。
北方ジャーナル事件(最大判昭和61年6月11日・裁判所HP)は、公職候補者に関する雑誌記事について、裁判所が仮処分で頒布等を事前に差し止められるかが争われました。判例は、表現行為に対する事前抑制(事前差止め)は強い萎縮効果を持つため、厳格な要件の下でのみ許される、という考え方を示しています。
そして、公共性の高い領域(公務員・公職候補者に対する評価・批判など)は、一般に社会的議論と親和的であるため、事前に封じることには特に慎重であるべき、という発想が読み取れます。
この事件は「公共性がある話題は何を書いてもよい」という意味ではありません。むしろ、「公共性があるからこそ、社会の側で検証されるべきで、安易に事前に止めるべきではない」という文脈で理解すると、公共性の位置づけが掴みやすいです。
6 公共性とプライバシーのせめぎ合い――ノンフィクション『逆転』事件
公共性の議論でよく出るのが「前科」「過去の非行」です。社会的には意味がありそうですが、本人の更生や平穏な生活と強くぶつかります。
ノンフィクション『逆転』事件(最三小判平成6年2月8日・裁判所HP)は、作品内で実名が用いられ、前科に関わる事実が公表されたことについて、慰謝料請求が争われた事案です。最高裁は上告を棄却し、結果として原審判断を維持しました。
ここから読み取れるのは、「公共性がありそうな題材」でも、個人の生活上の不利益が大きいとき、表現の自由だけで押し切るのは難しくなる、という点です。公共性を語るときには、常にプライバシーとの調整が背後にあることを意識すべきです。
7 公共性は単独で完結しません――裏付け(真実相当性)とセットで考える
公共性の議論だけを聞くと、「公共性があるなら、多少あいまいでも書いていい」と誤解されがちです。しかし、実際は逆です。
公共性があると主張するなら、なおさら裏付けの有無が問われます。
刑事の名誉毀損(刑法230条の2)の文脈で、真実の証明ができない場合でも、真実と誤信したことに相当の理由があれば責任が否定され得る、という考え方を示した判例として、夕刊和歌山時事事件(最大判昭和44年6月25日・裁判所HP)がよく知られています。
「公共性がある(社会のためだ)」と言い切るほど、根拠・資料・取材・検証の重みは増します。ネット投稿でも同じで、裏付けが薄い断定や、憶測の連鎖は最も危険なパターンです。
8 投稿前にできる「公共性チェック」――3つの質問
公共性は抽象的に見えますが、投稿前に次の3問でかなり整理できます。
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それは“興味”ではなく“社会の判断に必要な情報”ですか?
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安全・取引の公正・公的活動の適否などと、具体的につながっていますか?
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必要最小限に絞れていますか?(晒し・人格攻撃・私生活ディテールになっていませんか)
この3つに「はい」と言い切れない場合、公共性で正当化される見込みは高くありません。公共性は、正義感を支える道具になり得ますが、運用を誤ると、相手の人格権を傷つける結果にもなり得ます。
9 裁判例(本文で扱ったもの)

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最判昭41・6・23(署名狂やら殺人前科):民事名誉毀損で公共性等の枠組みを示す代表例
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最大判昭44・6・25(夕刊和歌山時事):真実相当性(相当理由)に関する基礎判例として引用される
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最大判昭61・6・11(北方ジャーナル):公職候補者記事の事前差止めの厳格要件(事前抑制の例外)
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最三小判平14・9・24(石に泳ぐ魚):私人のプライバシー領域と表現の自由の調整(出版差止め)
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最三小判平6・2・8(ノンフィクション『逆転』):前科公表とプライバシーの調整(上告棄却)
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甲府地判平17・7・5(NHK県内ニュース/診療報酬不正請求):医療・公的保険領域の報道と社会的必要性


