
以下では、東京地裁判決(令和元年(ワ)第31972号、令和2年9月24日判決・裁判所ウェブサイト)に関する解説を記載しました。とりわけ「動画の著作物性」と「肖像権侵害の成立要件」に焦点をあててご説明いたします。実務上のポイントや留意点にも言及しておりますので、ご参考になりましたら幸いです。
1.判決の概要
本件は、夫婦である原告A(撮影者)・原告B(被撮影者)の動画(以下「本件動画」といいます)が、第三者(氏名不詳者)によってインターネット上の掲示板へ無断で投稿されたことに起因する事案です。
具体的には、原告Aの著作権および原告Bの肖像権が侵害されたとして、原告らが改正前プロバイダ責任制限法4条1項に基づき、無断投稿者の情報(氏名・住所等)の開示を被告プロバイダに求めたものになります。
裁判所は、
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本件動画は著作物として保護されるものである
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原告Bの肖像権が無断投稿行為によって侵害された
と判断し、原告らの請求を認めました。以下では、この判断の中心となる「動画の著作物性」と「肖像権侵害」の要件について詳しく見ていきます。
2.動画の著作物性とは
(1) 著作物とは何か
著作権法上、著作物とは「思想又は感情を創作的に表現したもの」をいいます。たとえば、文章や音楽、絵画、写真、映画など、多岐にわたる創作物が該当し得るのが特徴です。動画についても、撮影・編集方法などに制作者の独自の創意工夫が認められるときは、著作物に該当すると考えられます。
(2) 本件動画が著作物と認められた理由
本件判決においては、以下のような点が重視されました。
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撮影時の構成・演出
原告Aは、被撮影者である原告Bとの食事風景を撮影し、構図や動き、場面のつなぎ方などに工夫を凝らしていたと認定されています。裁判所は、このような映像の「視聴覚的効果」が原告Aの創作的表現にあたると考えました。 -
文字等の加工
原告Aは、動画の一部に「角平」「(省略)」などの文字を挿入しており、単なる日常撮影ではない編集作業を行っていました。こうした編集も、制作者の「思想又は感情の創作的な表現」と評価される根拠となります。 -
映画の著作物や映画的著作物に類似する表現形態
著作権法では、動画は「映画の著作物」として保護されることがあります。本件動画は短いものであっても、視聴者に対して映像として連続的・視覚的に訴えかける点は映画と同様であり、著作物性を肯定しやすいと言えます。
以上のように、「撮影時の演出面」「編集・加工の存在」が総合考慮され、本件動画は「創作的に表現された保護対象」と認められました。
3.肖像権侵害の成立要件
(1) 肖像権とは
肖像権とは、「自分の容姿や姿態などをみだりに撮影・利用されない権利」です。人は自己の容姿や外見について、一方的に公表されたり、拡散されたりしない法的利益を有していると考えられています。判例上は「人格権の一内容」として位置づけられており、無断撮影や無断公表がなされたときに、不法行為として損害賠償請求の対象となります。
(2) 受忍限度の理論
肖像権侵害の判断には、しばしば「社会生活上受忍すべき限度」という基準が用いられます。すなわち、
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被撮影者の社会的地位(政治家やタレントなど公的存在か否か)
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撮影・公表の目的・態様(公益目的か娯楽目的か、営利目的か)
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被撮影者の同意の有無(黙示・明示)
などを総合的に考慮し、「社会通念上、これは許されない」といえるほどの公表行為が行われた場合に侵害が認められるわけです。
(3) 本件判決での具体的検討
本件では、次のような事情が重視され、肖像権侵害が認められました。
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原告Bは一般私人
本件の被撮影者(原告B)は、芸能人や政治家といった公的な存在ではなく、私人として通常の社会生活を営む人物でした。私人の場合、公的活動がないため、無断で容姿を公表されることをやむを得ない状況は限定的といえます。 -
インスタグラムのストーリー投稿の性質
原告Aが撮影した動画は、インスタグラムのストーリー機能(24時間限定公開)で投稿されていたものです。したがって、長期にわたる常時公開ではなく、特定の限られた時間・範囲でのみ視聴されることを意図していました。そうであるにもかかわらず、第三者(氏名不詳者)が勝手に動画を保存して別サイトに再投稿したため、想定外の「広く・継続的な」公衆送信が生じたことになります。 -
正当な目的・必要性の欠如
被告(あるいは氏名不詳者)は、原告Bの肖像を公表する正当な理由を示していませんでした。例えば公益性ある報道目的や表現行為の必要性があったとは認められず、単なる娯楽ないし嫌がらせ的な意図と推認されました。 -
無断二次利用という不相当な態様
本来、撮影・投稿について原告Bが明示的に許諾していたのは「夫である原告A」に対してだけです。第三者は何の許可もなく動画を取得し、さらに改変・編集して公開したため、行為態様が相当に悪質と評価されました。
こうした事実関係を総合して、本件動画の一部を切り出した画像(本件画像)の投稿は「社会生活上受忍すべき限度を超える侵害だ」と判断されました。
4.本件判決のポイントと実務的意義
(1) 短い動画でも著作物性が認められうる
SNS上で投稿される動画は、数十秒から数分程度の短いものが多いですが、本件判決が示すように、動画の長さにかかわらず撮影・加工に制作者の創意工夫が認められる場合は著作物として保護対象となります。特に文字入れや演出などがあれば、一層著作物性は肯定されやすいです。
(2) 肖像権侵害は「被写体の承諾範囲」を超えると成立
被写体がその場で撮影に同意していたとしても、その同意が及ぶのは通常、撮影を行った人や限られた公開範囲(友人のみに限定したSNS投稿など)に対してです。この範囲を超えて二次的に流用・拡散される行為は、たとえ一度ネットに上がったものであっても、新たに肖像権侵害となり得ることに注意が必要です。
(3) 「黙示の承諾」には限界がある
被告は「インスタグラムに投稿している以上、インターネット上での公開を黙示的に承諾していた」という反論をしましたが、本件判決では認められませんでした。特に「24時間限定公開」というストーリー形式は、公開範囲と公開期間が非常に限定的です。投稿者(被写体を含む)が想定した以上に、別サイトや掲示板に転載されることまで承諾があるとはみなしにくいといえます。
(4) プライバシー保護の強化
本件は、いわゆる「プロバイダ責任制限法」に基づく発信者情報開示請求が通った事案でもあります。個人の動画や画像が悪用されたり、知らないところで拡散されたりするリスクが増大している現在、発信者を特定し、被害回復をはかる仕組みがより重要になってきました。裁判所としても、このようなSNSの無断転載問題について、被害者救済を図る方向で判断を示したものと考えられます。
5.まとめ
本件判決は、SNS時代における個人動画の著作物性や、一般私人の肖像権に関して、実務上非常に参考になる事例です。とりわけ以下の点が重要だといえます。
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著作物性のハードルは高くない
短尺の動画やSNS投稿であっても、撮影・編集・加工の創作性が認められれば「著作物」として保護されます。長さや表現手段が限定的であっても油断できません。 -
肖像権侵害は被撮影者の承諾範囲を厳格に見る
私人の日常生活を撮影した動画を、撮影者が限定的に公開していた場合、その二次利用や転載は、通常の承諾範囲をはるかに超えている可能性があります。正当な目的や必要性がないままに、無断で拡散されることは「社会生活上受忍すべき限度」を超える侵害とみなされやすいです。 -
SNS利用者は投稿内容の再利用リスクを認識すべき
いくら限定的な公開であっても、インターネット上に一度アップロードしたものが勝手に拡散されるリスクはゼロではありません。被写体から明確な同意を得ていても、さらに別の第三者が悪用する可能性があるため、どのような範囲で公開するかを含め、慎重に検討することが大切です。
以上のように、本件判例は「動画」という表現方法や「SNS」に特有の事情を踏まえながら、著作物性と肖像権保護の射程を示すものとなっています。インターネットが一般化し、誰もが容易に写真や動画を投稿できる現代において、創作物や人格的利益を守るためにも、自身が投稿する側・撮影される側の両面から本件判決の示唆をしっかりと理解しておくことが望ましいでしょう。