インターネット上で誹謗中傷や名誉毀損が行われている場合、被害者(債権者)が迅速に救済を図る手段として「発信者情報開示仮処分」や「投稿記事削除仮処分」を利用することが多くなっています。これらの仮処分は、掲示板やSNS、ブログなどの運営者(債務者)に対し、問題のある投稿記事を削除させたり、その投稿者の情報を開示させたりする強力な措置です。その一方で、仮処分を申し立てる際には、債権者が一定の“担保”を提供するよう裁判所から命じられることがあります。本ブログでは、この担保がどのような制度であるか、また仮処分を取り下げた場合の返金の可否について解説いたします。
1 担保とは何か
担保とは、仮処分の執行によって万が一その仮処分が不当・違法だと判断された場合に備え、債務者が被る可能性のある損害を補填するために債権者が提供する保証のことをいいます。仮処分は本案訴訟よりも先に強制力をもった措置を行うため、後に債権者の主張が認められなかった場合には、債務者が不当に被害を受ける恐れがあります。そこで、裁判所は「事前に担保を差し出すこと」を条件として、発信者情報開示や投稿記事削除といった仮処分を認めるのです。
2 担保の提供方法
担保の提供方法としては、主に以下の二つが挙げられます。
-
金銭の供託
債権者が裁判所の指定する供託所へ一定の金額を納付する方法です。もっとも一般的で、実務上も広く行われています。供託額は数十万円から数百万円に及ぶこともあり、裁判所が個別の事案に応じて判断します。
なお、インターネット関係の仮処分では、開示が10万円、削除が30万円であることが多いですが、裁判官の判断で増減があります。 -
保証委託契約(ボンド)
保証を引き受ける金融機関などが、もし仮処分が不当と判断された場合に債務者の損害を補填する義務を負う契約を指します。金銭供託と比べて、まとまった資金をすぐ用意できない場合に活用されることがありますが、保証料や審査が必要になる点は留意しておくべきです。
3 担保を要する理由
発信者情報開示仮処分や投稿記事削除仮処分は、債務者にとって業務上の負担やプライバシー保護の責務など、少なからぬ影響を及ぼし得るものです。債権者が後に敗訴するなどして仮処分が取り消された場合、債務者が被る損害を填補できないと不公正であるため、担保の提供が実質的に義務付けられています。
4 担保額の決定要素
担保額は、債務者が被り得る損害の範囲や債権者の資力、本案の見込みなどを裁判所が総合的に考慮して決定します。ネット上の書き込みやSNSの投稿が対象の場合でも、投稿の拡散力や削除に伴う運営コストなど、さまざまな要素が評価されることがあります。
5 仮処分を取り下げた場合の返金
担保は、仮処分が終了した時点で不当・違法と認められない限り、基本的には返還されます。具体的には下記のようなケースが想定されます。
-
本案訴訟も含めて債権者の主張が認められた場合
発信者情報の開示や投稿削除が正当であったと裁判所が判断すれば、担保は問題なく返金されます。 -
債権者が仮処分を取り下げた場合
何らかの理由で仮処分を継続する必要がなくなった場合(発信者情報が開示された場合、投稿記事が削除された場合)、あるいは債務者が自発的に投稿を削除して紛争が解決した場合などに、債権者が仮処分を取り下げることがあります。その際、債務者に実害が生じたとは認められなければ、担保金は返還されるのが原則です。ただし、債務者が損害を被った旨を主張し、その損害額が認められれば、担保から填補される可能性がある点には注意が必要です。
6 実務上のポイント
-
スピードと費用のバランス
ネット上の誹謗中傷は拡散が早いため、早急に仮処分を申し立てたい債権者が多い反面、担保の準備や手続には時間とコストがかかります。事前に費用面や手続の流れを弁護士等と検討しておくと円滑に進めやすいでしょう。 -
担保減額の可能性
裁判所が定めた担保額が過大と思われる場合、債権者として減額を求める手段もあります。具体的な事由を示すことで、適正額に調整されることもあるため、必要に応じて申し立てを検討します。ただし、インターネット関連事件では、定型的に担保額が決められているため、減額はないと考えて下さい。 -
債務者側の不服申立て
債務者が担保不足や仮処分自体の要件を問題視してくる可能性もあるため、債権者としては本案訴訟における勝訴見込みや損害見積もりなどをしっかり固めておくことが重要です。
7 まとめ
発信者情報開示仮処分や投稿記事削除仮処分は、ネット上の不法行為から迅速に救済を得るための強力な手段ですが、その性質上、債権者には担保の提供が求められる場面が少なくありません。この担保は債務者の保護を目的とした制度であり、仮処分が正当と認められれば返金されます。また、債権者が仮処分を取り下げた場合でも、債務者に認められる損害がなければ基本的に返還される見込みがあります。
インターネット上のトラブルは拡散の速度が速く被害も深刻化しやすいため、債権者としては迅速な手続と同時に、十分な担保手当・費用対策を行っておくことが望ましいでしょう。これらの点を踏まえ、発信者情報開示や投稿記事削除の仮処分を活用する際には、弁護士など専門家の助言を得て慎重に準備を進めることが肝要です。