
発信者情報開示のご相談で、時折こんな深刻なケースに出会います。
「投稿に使われたIPアドレスを調べたら、海外の通信会社のものだった。もう投稿者の特定は無理なのでしょうか」
匿名投稿者の中には、海外のSIMカードやプロバイダを経由することで、特定を免れようとする者が現れています。相手が海外事業者だと、そもそも日本の裁判所に申立てができるのか(国際裁判管轄)という入口の壁が立ちはだかるからです。
この問題について、知財高裁は令和6年(2024年)10月4日、台湾の大手通信会社・中華電信に対する発信者情報開示命令の申立てを門前払いした原決定を取り消し、日本の裁判所の管轄を認める重要な決定を出しました(知財高決令和6年10月4日・令和6年(ラ)第10002号・決定文PDF・裁判所ウェブサイト)。
「海外プロバイダだから泣き寝入り」とは限らない――被害者に希望を与える決定です。本記事で詳しく解説します。
前提知識:発信者情報開示命令と「国際裁判管轄」
発信者情報開示命令は、令和3年改正で導入された、裁判所の決定により迅速に発信者情報の開示を命じてもらえる非訟手続です(現在の情報流通プラットフォーム対処法〔情プラ法〕8条)。投稿があったサイトの運営者(コンテンツプロバイダ)からIPアドレスの開示を受け、そのIPアドレスを管理する通信会社(アクセスプロバイダ)に契約者情報の開示を求める、という流れで投稿者を特定します。
問題は、判明したアクセスプロバイダが海外の会社だった場合です。外国の事業者を相手方とする申立てを日本の裁判所が審理できるかは、「国際裁判管轄」のルールで決まります。
情プラ法9条1項3号(本決定当時はプロバイダ責任制限法。以下同じ)は、次の場合に日本の裁判所の管轄を認めています。
- 相手方が「日本において事業を行う者」であること
- 申立てが「当該相手方の日本における業務に関するもの」であること
今回の事件では、この2つ目の要件の解釈が正面から争われました。
事案の概要
申立人は、漫画の著作権者です。氏名不詳者が、日本語の創作物販売サイト「BOOTH」のサーバーに、申立人が著作権を有する漫画の画像データを無断で複数回アップロードしました(複製権・公衆送信権の侵害)。
投稿に使われたIPアドレスから判明したアクセスプロバイダは、台湾の通信事業者・中華電信でした。申立人は、損害賠償請求のため、中華電信を相手方として東京地裁に発信者情報開示命令を申し立てました。

原審の東京地裁は、申立てを却下しました。本件投稿は、台湾に所在する中華電信が、台湾に所在する者との間の契約に基づき提供した接続サービスを利用して行われたことがうかがわれる、だから「日本における業務に関するもの」とはいえず、日本の裁判所に国際裁判管轄はない――という形式的な整理です。
この判断が維持されれば、「海外プロバイダのSIMを使えば日本では特定されない」という抜け道を事実上追認することになりかねませんでした。
知財高裁の判断:柔軟な解釈で管轄を肯定
抗告審の知財高裁は、原決定を取り消し、審理のやり直しを命じました(東京地裁への差戻し)。
出発点:形式的・硬直的な判断はしない
知財高裁はまず、判断の基本姿勢を示しました。
「近年における情報流通の国際化の現状を考えると、インターネット上の国境を越えた著作権侵害に対する司法的救済に支障が生じないよう適切な対応が求められている。地域的・国際的にオープンな性格を有するインターネット接続サービスの特性を踏まえると、当該サービスを提供する事業者の業務が『日本における』ものか否かを形式的・硬直的に判断することは適切でなく、その利用の実情等に即した柔軟な解釈・適用が必要になると解される。」
国境を越えた権利侵害の救済に支障が生じないように、という被害者救済の観点を明示したうえで、管轄要件を「利用の実情」に即して柔軟に解釈する――この一般論自体が、今後の同種事案で引用されるべき重要な判示です。
あてはめ:日本向けサービス利用の「可能性が高い」ことで足りる
そのうえで知財高裁は、2つの要件を次のように認定しました。
「日本において事業を行う者」:中華電信は台湾の法人ですが、日本国内で(主に台湾からの旅行者向けの)国際ローミングサービスを提供し、日本の空港等でSIMカードを販売している。よって該当する。
「日本における業務に関するもの」:投稿先の「BOOTH」は日本語が使用される日本向けサイトであり、投稿には「追加支援のお方ありがとうございます。今後もよろしくお願いします。」等の流ちょうな日本語の記載がある。これらから、本件投稿は日本人向けに提供されているSIMカードその他の日本人向けサービスを利用して行われた可能性が高い。

そして、結論としてこう述べました。
「本件各投稿は、実質的に見て日本に居住する日本人向けとしか考えられないようなインターネット接続サービスを利用して行われたといえる。そのような場合に、あえて国内のプロバイダを経由することなく、外国に業務の本拠を置くプロバイダが利用されたからといって、当該業務が『日本における』ものでないとして我が国の国際裁判管轄を否定するのは相当でない。」
「あえて海外プロバイダを使った」ことをもって管轄を免れさせない、という価値判断が明確に読み取れます。
手続面の注目点:相手方の「沈黙」
もう一つ注目すべきは手続の経過です。知財高裁は、台湾の中華電信に抗告状や申立書の写しを送付し、反論の機会を与えましたが、中華電信は書面を受領しながら期限を過ぎても反論しませんでした。決定は「上記判断を覆すに足りる証拠もない」と述べており、海外事業者が応答しない場合でも、申立人側の疎明が尽くされていれば管轄が認められることを示しています。
実務への影響:海外プロバイダ事案で何をすべきか
この決定を踏まえた、被害者側の実務ポイントです。
- IPアドレスが海外プロバイダでも、直ちに諦めない。相手方が日本でローミングやSIM販売等の事業を行っており、投稿の実態が「日本向け」といえるなら、日本の裁判所への開示命令申立ての道があります。
- 「日本における業務」を基礎付ける疎明資料を集める。本決定が考慮したのは、①相手方の日本国内でのサービス提供状況(ローミング・空港でのSIM販売等)、②投稿先サイトが日本向けであること、③投稿内容の日本語の自然さ、でした。同種事案では、相手方の日本向けサービスのウェブページや、投稿の言語・内容・時間帯など、「日本の利用者による日本向けの投稿」であることを示す材料を丁寧に積み上げることになります。
- 消去禁止の仮処分等との併用を検討する。管轄で争いになれば時間を要します。ログの保存期間切れを防ぐ手当てを並行して進めることが重要です。
- 海外事業者への送達・執行の見通しも立てる。管轄が認められても、その後の手続には国内事案とは異なる時間軸と工夫が必要です。この点も含めて、経験のある弁護士と戦略を立てることをおすすめします。

なお、本決定はあくまで差戻し(入口の管轄を認めて審理をやり直させるもの)であり、開示の可否そのものは差戻し後の審理に委ねられています。それでも、入口で門前払いされないことの実務的意義は極めて大きいといえます。
まとめ
- 投稿に使われたIPアドレスが海外プロバイダのものでも、直ちに特定を諦める必要はありません。
- 知財高決令和6年10月4日は、国際裁判管轄の要件(情プラ法9条1項3号)を形式的・硬直的に判断せず、利用の実情に即して柔軟に解釈すべきとし、台湾の通信会社への開示命令申立てについて日本の裁判所の管轄を認めました。
- 「実質的に日本居住者向けとしか考えられない接続サービス」が使われた場合、あえて海外プロバイダを経由したことは管轄を免れる理由にならない、という価値判断が示されています。
- 被害者側は、相手方の日本でのサービス提供状況と投稿の「日本向け」の実態を示す疎明資料の収集が鍵になります。
海外経由の匿名投稿への対応は、国内事案以上に初動のスピードと申立ての組み立てが結果を左右します。お困りの方は、発信者情報開示の実務に精通した弁護士に早めにご相談ください。
出典・参考判例
- 知財高決令和6年10月4日・令和6年(ラ)第10002号(発信者情報開示命令申立却下決定に対する即時抗告申立事件)(決定文PDF・裁判所ウェブサイト)
参考文献
- 壇俊光=板倉陽一郎「インターネット上の人格権侵害についての国際裁判管轄および準拠法に関する考察――平成28年の下級審裁判例を素材として」Information Network Law Review Vol.17(2019年)166頁(訴訟における国際裁判管轄の一般論)
本記事は一般的な情報提供を目的とするものであり、法的アドバイスを提供するものではありません。具体的な法律問題については、弁護士にご相談ください。


