
誹謗中傷や報道被害のご相談で、必ず聞かれる質問が2つあります。
「この投稿(記事)で、本当に勝てますか」
「勝てるとして、いくら認められますか」
名誉毀損の裁判は、同じように見える事案でも、書きぶりの少しの違い、裏付け取材の有無、目的と内容のズレによって、結論が大きく分かれます。本記事では、令和6年〜7年に言い渡された最新の4判決――週刊誌2件・ネット記事等1件・SNS投稿1件――を横断的に比較し、認容と棄却の「分かれ目」と賠償額の相場感を整理します。
取り上げるのは次の4件です。
- FRIDAY事件:東京地判令和7年11月25日(判決文PDF・裁判所ウェブサイト)――タレントの請求を一部認容(220万円)
- 週刊新潮・区長事件:東京地判令和6年4月25日(判決文PDF・裁判所ウェブサイト)――現職区長の請求を一部認容(110万円)
- ニュースサイト等事件:東京高判令和7年8月26日(判決文PDF・裁判所ウェブサイト)――一審の一部認容を取り消し、全部棄却に逆転
- 市議X投稿事件:大阪地判令和7年10月24日(判決文PDF・裁判所ウェブサイト)――一部認容(55万円)+投稿削除

前提知識:名誉毀損の基本枠組み
名誉毀損の民事責任は、おおむね次の順序で判断されます。
- 社会的評価の低下:問題の表現が、一般の読者の普通の注意と読み方を基準に、対象者の社会的評価を下げるか
- 事実摘示か、意見・論評か:「事実」を示したのか、事実を前提とした「意見」なのか、それとも単なる「疑念の指摘」にとどまるのか(事実の摘示か意見・論評かは、一般の読者の普通の注意と読み方を基準に、証拠等による証明になじむ事項かどうかで区別されます。最判平成9年9月9日・民集51巻8号3804頁・判決文PDF・裁判所ウェブサイト参照)
- 違法性阻却:公共の利害に関する事実について、専ら公益を図る目的で、摘示事実の重要部分が真実であれば違法性がなく、真実と信じる相当の理由があれば責任を負いません(最判昭和41年6月23日・民集20巻5号1118頁・判決文PDF・裁判所ウェブサイト)
4判決は、この枠組みの「どこで」勝負が決まったのかが、それぞれ異なります。
判決1:FRIDAY事件――裏付けなき「関係者証言」で220万円の賠償
お笑いタレントである原告が、先輩芸人の参加する酒席に関して「女性を手配し、容姿を品定めした」等の印象を与える記事を週刊誌とウェブで繰り返し掲載されたとして、発行元と編集長に1100万円と謝罪広告を求めた事案です。
裁判所は名誉毀損の成立を認め、慰謝料200万円+弁護士費用20万円の計220万円を認容しました。決め手は真実性・真実相当性の否定です。記事の根拠は取材源1名の供述でしたが、供述を裏付けるLINEのやり取り等の客観的証拠が何ら提出されず、供述内容が原告の当日の行動記録と矛盾する部分すらありました。さらに、記者は裏付けがないことを認識しながら芸名を明記して記事化し、原告本人への裏付け取材も行っていませんでした。取材源の供述だけに依拠した「独占スクープ」の危うさを示す判断です。
一方で謝罪広告は棄却。原告が自身の動画チャンネルで反論を発信しており、「これらの方法によっても一定の被害回復を図ることが可能」というのが理由です。SNS時代の名誉回復の在り方を反映した判断といえます。
判決2:週刊新潮・区長事件――同じ記事の中で「成立」と「不成立」が分かれた
現職の世田谷区長が、区長室の家具に「約1200万円という法外な額」を支出した、区に住んでおらず「自宅偽装」をしている、との週刊誌記事等について、550万円・謝罪広告・ネット記事の削除を求めた事案です。
興味深いのは、同じ記事の中で結論が割れたことです。
- 家具購入部分=名誉毀損成立:「大きな額が動いています」等の断定的な書きぶりから「実際に支出された事実」の摘示と認定。実際には記事掲載時点で家具は未購入(後の入札では約485万円で落札)で、区長が事前の取材に「未購入」と回答していたのに掲載した以上、真実性も相当性もない。
- 自宅偽装部分=不成立:区政関係者のコメント紹介にとどまり、区側の反論も併記されていたため、読者は「争いのある事柄」と認識する。「疑念の指摘」にとどまり事実摘示ではない。
認容額は110万円(記事・ネット記事各55万円)。原告が公人であり「区長としての立場で……反論を行うことは可能」という事情が、減額と謝罪広告・削除請求の棄却に働きました。削除については、名誉毀損部分とそれ以外の区分が困難であることも棄却理由とされています。
判決3:ニュースサイト等事件――一審の認容が控訴審で「全部棄却」に逆転
宗教団体からの脱会説得をめぐる紛争の当事者(別件訴訟で勝訴が確定した人物)が、その問題を追及するニュースサイトの主筆による記事・テレビ番組での発言・X投稿等について、1100万円の賠償と投稿・記事の削除を求めた事案。一審は11万円のみ認容しましたが、控訴審は一審の認容部分を取り消し、請求を全部棄却しました。
表現者側が全面的に勝った理由は、違法性阻却の要件がすべて認められたことです。「引きこもり」という評価的な表現についても、証拠によって存否を判断できる事実の摘示とみたうえで、その重要部分の真実性の証明があったとし、仮に真実でなくとも、主筆が別件訴訟の全期日を傍聴するなど継続的に取材していたことから相当性も認められる、としました。
さらにこの判決は、注目すべき一般論を述べています。別件訴訟の確定判決の事実認定があっても、その訴訟の当事者でなかった表現者はその認定に拘束されず、名誉毀損訴訟の中で改めて事実を主張立証できる(自由心証主義)――。「裁判で確定した事実に反する報道だから名誉毀損だ」という単純な図式は通用しないことを示すもので、請求側にとっては要注意、表現側にとっては重要な武器となる判示です。
判決4:市議X投稿事件――「公益目的」の看板だけでは守られない
市議会議員である被告が、市の公金支出をめぐって係争中の会社の役員である原告について、原告の親族が海外で重大な刑事事件により死刑判決を受けた人物であることや、原告の顔画像を含む投稿をX上で行った事案。裁判所は名誉毀損・プライバシー侵害・肖像権侵害の3つを同時に認め、慰謝料等55万円と、公開が続いていた投稿の削除を命じました。
ポイントは、公金支出問題の追及という公益目的の「看板」と、実際に摘示した事実(親族の刑事事件歴)との関連性の乏しさです。裁判所は、関連性の乏しい事実を殊更摘示した投稿は「専ら公益を図る目的に出たものであるとは認められない」として、真実性の判断に入るまでもなく違法としました。議員による問題追及の形をとっていても、内容が対象者の属性攻撃に流れれば守られません。
また、原告の顔画像は元々ネット上に公開されていたものでしたが、名誉毀損・プライバシー侵害を「助長する態様」での利用は受忍限度を超えるとして肖像権侵害を認めた点、投稿の一部を被告が自主削除していたことが(免責ではなく)慰謝料の減額事情にとどまるとされた点も、実務上参考になります。
4判決から読み取る「分かれ目」と相場
認容と棄却の分かれ目

- 断定か、疑念の指摘か。断定的な書きぶり・印象操作的な構成は事実摘示と認定されやすく(FRIDAY・新潮の家具部分)、対立する見解の併記があれば「争いのある事柄の指摘」にとどまるとされ得ます(新潮の自宅部分)。
- 裏付けの厚さ。取材源の供述だけで客観的裏付けがなければ相当性は否定され(FRIDAY)、対象者本人の否定回答を無視すれば致命的です(新潮)。逆に、継続的な取材と証拠の蓄積があれば、評価的な表現でも真実性・相当性が認められます(ニュースサイト等事件)。
- 目的と内容の関連性。公益目的を掲げても、摘示事実がその目的と関連しなければ違法性は阻却されません(市議X投稿)。
- 公人か私人か。公人は批判を受忍すべき範囲が広く、自ら反論できる立場が慰謝料減額・謝罪広告棄却の方向に働きます(新潮)。
賠償額の相場と付随請求

- 認容額は、FRIDAY220万円/新潮110万円/市議X投稿55万円で、いずれも請求額の1〜2割程度でした。世間の注目度が高い事案でも、慰謝料の水準は決して高くありません。文献上も、名誉毀損の慰謝料は長く100万円程度で算定される実務が続いた後、平成後期に週刊誌報道の事案などで数百万円規模(250万〜500万円程度)の認容例が現れ、近年は再び減額傾向が指摘されています(升田純『判例にみる慰謝料算定の実務』参照)。今回の4判決の水準は、この文献の指摘とも整合します。
- 謝罪広告はいずれの事件でも認められませんでした。金銭賠償で足りる、被害者自身が反論・発信できる、というのが主な理由です。
- 削除は、公開が継続し特定性が残る投稿には認められ(市議X投稿)、名誉毀損部分とそれ以外の区分が困難な記事では棄却される(新潮)など、対象の切り分けが結論を左右しています。
まとめ
- 名誉毀損の成否は、①断定か疑念の指摘か、②裏付け取材・客観証拠の厚さ、③公益目的と摘示事実の関連性、④対象者の公人性、という「分かれ目」で決まります。
- 認容額は請求額の1〜2割程度にとどまることが多く、謝罪広告のハードルは高い――この現実を踏まえた請求の組み立て(削除・発信者情報開示との組み合わせ、反論発信の設計)が重要です。
- 表現する側にとっても、この4判決は「どこまでが許され、どこからが違法か」の実践的な教科書になります。
被害を受けた方も、発信内容に不安のある方も、見通しの立て方ひとつで結果は変わります。早めに専門の弁護士にご相談ください。
出典・参考判例
- FRIDAY事件:東京地判令和7年11月25日・令和6年(ワ)第11438号(判決文PDF・裁判所ウェブサイト)
- 週刊新潮・区長事件:東京地判令和6年4月25日・令和5年(ワ)第5195号(判決文PDF・裁判所ウェブサイト)
- ニュースサイト等事件:東京高判令和7年8月26日(判決文PDF・裁判所ウェブサイト)
- 市議X投稿事件:大阪地判令和7年10月24日(判決文PDF・裁判所ウェブサイト)
- 最判昭和41年6月23日・民集20巻5号1118頁(判決文PDF・裁判所ウェブサイト)
- 最判平成9年9月9日・民集51巻8号3804頁(判決文PDF・裁判所ウェブサイト)
参考文献
- 升田純『判例にみる慰謝料算定の実務』(民事法研究会、2018年)
本記事は一般的な情報提供を目的とするものであり、法的アドバイスを提供するものではありません。具体的な法律問題については、弁護士にご相談ください。


