
ネット上の誹謗中傷への対応で、被害者の方からよくいただくのが、こんな不安です。
「記事を削除させても、また書き直して投稿されるのではないか」
「損害賠償を請求したら、逆に相手から訴えられることはないのか」
今回ご紹介する事件は、この2つの不安にまとめて答えてくれる貴重な裁判例です。批判サイトの運営者と、記事の標的とされた弁護士夫妻との間で、本訴と反訴が正面からぶつかった全面戦争型の訴訟であり、裁判所は、記事の削除に加えて「ほぼ同じ内容の記事を再びネットに載せること」の差止めまで命じました。投稿者側が先手を打って提起した「債務不存在確認の訴え」の顛末も含め、実務の宝庫といえる事件です。
第一審は東京地判令和7年3月14日(判決文PDF・裁判所ウェブサイト)、控訴審は知財高判令和7年11月19日(判決文PDF・裁判所ウェブサイト。控訴棄却により一審の判断が維持)です。
前提知識:本訴・反訴と「債務不存在確認の訴え」
この事件を理解するために、2つの訴訟の仕組みを押さえておきましょう。
債務不存在確認の訴えとは、「自分は相手にお金を払う義務がない」ことを裁判所に確認してもらう訴訟です。誹謗中傷の場面では、投稿者側が「損害賠償を請求されそうだ」という不安定な立場を解消するために、請求される前に先手を打って提起することがあります。ただし、確認の訴えには「即時確定の利益」(今すぐ判決で確定させる必要性)が要求され、対象の特定も厳格に求められます。
反訴とは、訴えられた被告が、同じ訴訟手続の中で逆に原告を訴え返す制度です。投稿者から債務不存在確認の訴えを起こされた被害者は、反訴によって、損害賠償や記事の削除を同じ法廷で請求できます。
つまりこの事件は、「先に訴えた投稿者」対「反訴で反撃した被害者」という構図です。

事案の概要
当事者は、弁護士業界を批判するウェブサイト(「法曹倫理委員会」と題するもの)を運営する人物(X)と、記事の標的となった弁護士夫妻(Y1・Y2)です。Y1は、離婚事件で子と同居する親の側を支援し、面会交流の調停・審判に関する解説書(有料)を販売していました。
Xは自身のサイトに、Y1らを批判する記事を多数掲載しました。その中には、Y1が作成した面会交流審判の主張書面のひな形(主張書面案)の全文を無断転載した記事や、「ウソをつくようにそそのかす」「親子の引き離しで金儲けをしている」などとY1らを非難する記事が含まれていました。
Y1らは先行して、サイトのレンタルサーバー会社を相手に削除の仮処分を申し立て、認容されました。ところがXは、レンタルサーバーを別会社に変更することで、ほぼ同一の内容の記事の掲載を継続したのです。仮処分の効力はサーバー会社にしか及ばないことを突いた、いわば「執行回避」でした。
その後、Xが先手を打って本訴を提起します。内容は、①Y1らに対する損害賠償債務の不存在確認と、②Y1が自身のブログに「裁判所の命令も聞かずに違法行為を続けるサイト管理者」等と書いたことが営業誹謗(不正競争防止法2条1項21号)にあたるとする150万円の損害賠償請求。これに対しY1らが反訴で、記事の削除、再掲載の差止め、慰謝料160万円(一部請求)を求めました。
裁判所の判断
結論を先にまとめると、投稿者Xの完敗でした。

1. 先制の債務不存在確認は「一部門前払い+債務の存在確定」に終わった
Xの債務不存在確認の訴えのうち、相当部分は即時確定の利益を欠くとして却下されました(Xが記事を随時改訂しており対象の特定が不十分な部分もありました)。
そして、適法とされた部分についても、裁判所は審理の結果、「一定額を超えては存在しない」=一定額の債務は存在するという形の判決を下しました。つまりXは、自ら起こした訴訟によって、自分の賠償義務を裁判所に確定してもらう結果になったのです。
確定した債務と反訴での認容額を合計すると、著作権侵害の使用料相当額50万円、名誉権侵害の慰謝料(Y1分・Y2分)を含め、Xの支払義務は総額約270万円にのぼりました(うち反訴で直接支払を命じられたのは100万円)。慰謝料は記事1本あたり10万〜30万円で積算されており、悪質性の高い記事(似顔絵を使い犯罪行為に手を貸すかのように描いた記事、家族の日常生活まで揶揄した記事など)には増額がされています。
2. 弁護士の「主張書面のひな形」も著作物――全文転載は引用にならない
Xは、主張書面案の全文転載について「定型的な文書で著作物ではない」「引用(著作権法32条)だ」「時事の事件の報道(同法41条)だ」と争いました。
裁判所はいずれも退けました。主張書面案は、記載事項の取捨選択や具体的表現に作成者の個性が表れた著作物である。そして、批判記事とはいえ全文を転載しており、自身の文章より転載部分の方が圧倒的に多い以上、主従関係を欠き引用にはあたらない。批判目的のサイト記事は「時事の事件の報道」でもない――という判断です。
「批判のためなら相手の文書を丸ごと載せてよい」という理解が通用しないことを示すもので、無断転載の被害を受けた側にとって参照価値の高い判断です。
3. 削除だけでなく「再掲載の差止め」を認めた――いたちごっこへの回答
本判決の白眉はここです。裁判所は、名誉毀損と認めた記事の削除に加えて、「記事の全部又は一部の複製をインターネット上に掲載してはならない」という将来に向けた差止めを命じました。
決め手になったのは、次の事情です。
「原告は、仮処分命令の執行を逃れるためにレンタルサーバーを変更してほぼ同一の内容の記事の掲載を継続したことがある」
こうした経緯から、裁判所は、削除を命じただけでは「記事内容に細かな訂正を加えたり、URLを変更することによって……ほぼ同一の内容の記事の掲載を継続するおそれが十分ある」と認定し、削除命令を実効あらしめるためには再掲載の差止めまで必要だと判断したのです。
人格権に基づいて将来の侵害行為の予防(差止め)まで求められること自体は、北方ジャーナル事件(最大判昭和61年6月11日・民集40巻4号872頁・判決文PDF・裁判所ウェブサイト)や、モデル小説の出版差止めを認めた「石に泳ぐ魚」事件(最判平成14年9月24日・集民207号243頁・判決文PDF・裁判所ウェブサイト)で最高裁が認めてきたところです。本判決は、その考え方をウェブ記事の「書き直し再掲載」という現代的な執行回避の場面に及ぼした具体例として位置付けられます。

控訴審では、この差止め主文が「あらゆる表現を禁止するもので広すぎる」というXの主張も排斥されました。差止めの対象は「意味のある文章を残し当該記事と同一の趣旨の記事であることが分かる程度のもの」に限られ、単語や助詞にまで及ぶものではない――と射程を明確にしたうえで、主文は相当とされています。
4. 投稿者側からの「営業誹謗」の逆襲も失敗
XはY1のブログ記事(「裁判所の命令も聞かずに、違法行為を続けるサイト管理者」等)を営業誹謗だと主張しましたが、裁判所は、Xがサーバー変更により著作権侵害と判断された掲載を継続した経緯からすれば、この表現は読者の通常の読み方として真実といって差し支えないとして請求を棄却しました。被害者が自らの被害体験を正確に発信することは、違法な信用毀損にはならないことを示した点でも参考になります。
実務への影響:被害者側・投稿者側それぞれの教訓
被害者側の視点では、次の3点が重要です。
- 「消してもまた書かれる」への法的な備えがある。再投稿のおそれを基礎付ける事情(執行回避の前歴、多数の非難記事、書き直しの実績など)を丁寧に立証すれば、削除に加えて再掲載の差止めまで認められます。執拗な投稿者への対応の柱になる判断です。
- 相手から先に訴えられても、反訴で反撃できる。債務不存在確認の訴えは、受けて立てば、こちらの請求を同じ手続で実現する機会にもなります。
- 慰謝料の相場観。記事1本あたり10万〜30万円という積算は、複数記事による継続的な誹謗中傷の賠償額を見積もるうえで参考になります。
投稿者側(請求を受けた側)の視点では、先制的な債務不存在確認の訴えは、対象の特定や確認の利益のハードルがあるうえ、敗訴すれば自ら債務を確定させる「もろ刃の剣」であることを、この事件は端的に示しています。批判目的でも、相手の文書の全文転載や人格攻撃に及べば、削除・差止め・賠償のすべてが現実になります。
まとめ
- 批判サイト運営者の先制的な債務不存在確認の訴えは一部却下・残部も債務の存在確定に終わり、反訴した被害者側が全面的に勝訴しました(控訴審でも維持)。
- 裁判所は、削除命令の実効性を確保するため、ほぼ同一内容の記事の再掲載の差止めまで命じました。サーバー変更による執行回避の前歴が「再掲載のおそれ」の認定を支えています。
- 弁護士の主張書面のひな形も著作物であり、批判目的でも全文転載は引用として許されません。
- 慰謝料は記事ごとに10万〜30万円で積算され、確定した支払義務は総額約270万円にのぼりました。
執拗な誹謗中傷への対応は、削除・開示・賠償請求に加えて、再掲載の差止めまで見据えた設計が重要です。攻守いずれの立場でも、早い段階で専門の弁護士にご相談ください。
出典・参考判例
- 第一審:東京地判令和7年3月14日・令和3年(ワ)第33644号、令和4年(ワ)第16981号(損害賠償請求、債務不存在確認請求事件、投稿記事削除請求反訴事件)(判決文PDF・裁判所ウェブサイト)
- 控訴審:知財高判令和7年11月19日・令和7年(ネ)第10038号(判決文PDF・裁判所ウェブサイト)
- 北方ジャーナル事件:最大判昭和61年6月11日・民集40巻4号872頁(判決文PDF・裁判所ウェブサイト)
- 「石に泳ぐ魚」事件:最判平成14年9月24日・集民207号243頁(判決文PDF・裁判所ウェブサイト)
参考文献
- 前田哲男「『引用』の抗弁について」コピライト680号(2017年)2頁
- 池村聡「報道における著作物利用」コピライト681号(2018年)2頁
- 澤田将史「近時の裁判例から見る引用に関する実務上の留意点」コピライト714号(2020年)2頁
- 上野達弘「時事の事件の報道――著作権法41条をめぐる現代的課題」土肥一史先生古稀記念『知的財産法のモルゲンロート』(中央経済社、2017年)587頁
本記事は一般的な情報提供を目的とするものであり、法的アドバイスを提供するものではありません。具体的な法律問題については、弁護士にご相談ください。


